【第140話 FUNAI(先住民財団)】
アマゾンの奥地は、夜になっても虫の声が途切れることはなかった。
カリーナとの最終決戦のどさくさに紛れ、米軍施設から忽然と姿を消したトンプソン、デビット、レベッカの三人は、シアトルから遥か南、アマゾンの奥地にいた。
彼らを迎え入れたのは、カヤポ族の集落だった。
ZON時代、トンプソンたちは未接触部族――イゾラドと呼ばれる人々に、調味料やスマートフォンなどの支援を続けていた。中でもカヤポ族は数ある未接触部族の中でも屈指の戦闘民族であり、その気質はゾーンの民の思想とよく似ていた。ゾーン団からの評判も、他の部族とは一線を画すほど良かったのだ。
「トンプソンさん。ここまで温かく迎えられるとは思いませんでしたよ」
「フッ。狩りと闘争を尊ぶ民族だ。俺たちとは馬が合う」
◆
普段のカヤポの女性は上半身が裸で、全身に鮮やかなペイントを施して暮らしている。うら若きレベッカは、それを恥じらうこともなく受け入れていた。カヤポの女たちに混じり、自らの肌に赤や黒の文様を描いてもらい、すっかりこの生活に馴染んでいたのだ。
そんなレベッカを、女長老のオーラルは日頃からとても可愛がっていた。
「レベッカ、先住民出生証明書(RANI)は取れそうかい?」
オーラルが尋ねると、レベッカは誇らしげに頷いた。
「長老! FUNAI(先住民財団)から、私たち三人は間違いなくカヤポの戦士として戸籍が貰えるそうです!」
「良かったねぇ〜。それじゃ、街まで行ったらここを尋ねなさい」
オーラルはそう言って、一枚のメモ紙を手渡した。
「これは……誰かの住所ですか?」
オーラルはニッコリと笑って答える。
「その一族は我々には恩があるからね。お前たちが困らないように、街でも面倒見てくれるよ」
レベッカがメモ紙に目を落とすと、そこにはマリオという人物の名前と住所、電話番号が記されていた。
◆
レベッカは一刻も早く、戸籍のことも、マリオという人物を紹介されたことも、トンプソンとデビットに報告したかった。
しかし、その二人は三日前から村の戦士たちと共に狩りに出かけてしまっており、集落には女子供しか残っていなかった。
カリーナとの最終決戦当日、三人は米軍施設に監禁されていた。
脱走など、三人とも微塵も考えていなかった。ゾーン団に見つかれば即処刑される。それだけは避けたかったからだ。
ただ、トンプソンには一つだけ希望があった。
(木べらの戦士――地球人最強のあの男なら、カリーナを倒せるかもしれない)
脱走するなら、来翔がカリーナを倒してから。トンプソンはそう決めていた。
トンプソンには、勇者チームにまだ知られていないスキルがあった。
『統御』――物や事柄のバグを感知するスキルだ。ダイヤル式の錠前や金庫のダイヤルを、統御スキルで開け続けているうちに、当然の帰結として『鍵開け』というスキルが派生していた。
このスキルにピッキングのような動作は要らない。鍵そのものを完全に無効化する能力だ。手錠も念じるだけでポトリと落ち、窓の鍵もいちいち開け閉めせずに直接開けられる。
デビットもレベッカもそれを知っていたからこそ、勇者チームに拘束されても、何の抵抗もなく素直に従っていたのだった。
◆
監禁されていた米軍施設に、カリーナのスペースシャトル打ち上げ失敗の一報が入ったのは、そんな折だった。米兵たちが慌ただしくパニックに陥っている。その様子を見て不安になったレベッカが、トンプソンに指示を仰いだ。
「社長! どうやら、アポロン計画は失敗したみたいですよ!」
「あぁ、そうだな。俺の統御スキルにも米兵たちの動揺が伝わってくる。……だが、奴らの動揺は打ち上げ失敗のものだけじゃない。もっと緊迫した動揺だ……まさか、勇者が死んだか?」
それを聞いていたデビットまでもが動揺した。
「え? あの勇者が? そこまでカリーナは強いってことですか……。そうなると、我々もヤバいのでは?」
「あぁ。こんな米軍施設に残っていれば、すぐにゾーンの奴らに見つかるだろうな。俺が生きてることを知られたら、カリーナは間違いなく俺を殺しに来る」
レベッカが焦ってトンプソンに詰め寄る。
「社長! 早く逃げましょう!」
「まだ待て。もう少し情報を得てからでも遅くない。米兵の動揺だけでは、俺の統御スキルでも具体的なことがさっぱりわからん。ただ、劣勢だということしか読み取れないのだ」
統御スキルでも外の様子までは掴めない。そこでデビットが名乗りを上げた。
「それなら、私が外に出て、直接米兵から聞いてきますよ! 一応、私だけは監禁ではなく“保護”ですからね!」
現時点でのそれぞれの立場は、こうだった。
トンプソンは容疑者。レベッカは重要参考人。そしてデビットだけは、カリーナとモナから暗殺されかけていた保護人。
保護人であるデビットは、監禁部屋を立番していた米兵に声をかけた。
「兵隊さん。少しだけ、自販機まで行かせて欲しい」
米兵はデビットだけを部屋から出し、自販機のあるエリアへと誘導した。
「兵隊さん。皆さん慌ててるみたいだけど、シャトルの打ち上げが失敗したんだね?」
米兵は緊張気味に答える。
「そうです。現在は勇者、来翔、LEON、レンカがカリーナと戦闘中らしいですが、やはりカリーナがノーダメージだそうです。ゾーン団は残り二名らしいのですが、勇者チームは手も足も出ないようです。残念ですが、作戦は失敗と考えて良いでしょう。せっかくデビットさんにもご協力を頂きましたが、全て水の泡になりそうです。一応、トンプソンさんとレベッカさんはもうすぐ移動させる予定です。生きていることがカリーナにバレたら、ここも間違いなく戦場になりますからね。デビットさんも、その時に他所へ移される予定です」
デビットは自販機で三人分の飲み物を買うと、米兵に連れられて監禁部屋へと戻った。
「トンプソンさん! かなりヤバいです! もうすぐ我々は移送されます! それほど勇者チームが劣勢だそうです!」
トンプソンは、少しだけ微笑んで答えた。
「ならば、その移送中に――我々は消えさせてもらおうか」
こうして三人は、移送の最中に忽然と姿を消したのだった。
◆
行き着いた先が、日頃から支援を続けていたアマゾンの未接触部族、カヤポ族の集落だった。
戦闘民族と謳われるカヤポ族は、以前からゾーンの戦士であるトンプソンに好感を持っていたこともあり、三人は大歓迎で迎え入れられたのだった。
そして三人は、FUNAI――先住民に戸籍やパスポートの取得を手伝う組織に、新たな戸籍の発行を申請していた。
その申請がようやく認可されたことを、レベッカは早くトンプソンとデビットに伝えたかった。
しかし、元々ゾーンの戦士であったトンプソンは、頻繁に狩りへ出かける。集落の男たちを引き連れ、ジャングルの奥地へと嬉々として繰り出してしまうのだ。
そんな蛮族としてのトンプソンを初めて目の当たりにしたレベッカは、ほんの少しだけ呆れてしまった。
しかも男であるデビットまでもが、すっかり狩りにハマってしまい、トンプソンと共に毎度毎度、狩りへ出かけてしまう。
(男って結局、こんな野性的な生活が好きなのかしら……)
レベッカはすでに半裸の生活にもすっかり慣れていて、自分の身体に派手なペイントを施しながら、トンプソンとデビットの帰りをひたすら待ち続けていた。
二人が狩りから帰ってきたのは、それから二日後のことだった。
そして、トンプソンとデビットは、名残惜しそうにこう告げた。
「パスポート取得のためには、大都会サン・パウロへ行かねばならんな」
「トンプソンさん、正直この村を離れるのは惜しいですけどね……」
こうして三人は、行方知れずのまま新たな戸籍とパスポートを手に、大都会サン・パウロへと旅立つ決意を固めたのだった。
(第141話へ続く)
(あとがき)
【FUNAI(ブラジル国立先住民財団)とは?】
今回の作中でトンプソンたちが戸籍を手に入れるために利用した
**「FUNAI」**
架空の怪しい裏組織のようですが、
実は実在するブラジルの政府機関(国立先住民財団:Fundação Nacional dos Povos Indígenas)です!
読者の皆様に「へぇ〜!」と思っていただくための、
ちょっとユニークな3大特徴がこちら。
① アマゾンの「未接触部族」を守る最強の盾!
FUNAIの主な任務は、
文明社会と接触せずに暮らす先住民族の土地や権利を守ること。
密猟者や違法な森林伐採業者から彼らを保護するため、
時には武装したスタッフがジャングルを奔走する、
めちゃくちゃ武闘派でタフな政府機関なのです。
② 「トンプソンたちの合法パスポート」の裏付け
作中でレベッカたちが取得しようとしていた
「RANI(Relação Anual de Informações Sociais…ではなく、
先住民出生証明書)」は、
FUNAIが発行する実在の公的証明書。
これがあるとブラジルの正規の戸籍が作れ、
合法的に本物のパスポートが手に入ります。
さすが元ゾーン団、逃亡のライフハックが合法かつガチすぎます。
③ 日本のあの「船井」ではありません!
「FUNAI」と聞いて、家電メーカー(船井電機)を思い浮かべたそこのアナタ。
……大正解(?)です。
もちろん一切関係はありませんが、トンプソンたちがジャングルの中でテレビやビデオデッキを直しながら「やっぱりFUNAI(船井)のビデオは壊れにくいな……」「いや、俺たちが頼ったのはFUNAI(先住民財団)だ!」なんてオッサンらしいすれ違いコントを繰り広げていた……かもしれません。
カヤポ族の強力なコネとFUNAIの公的パワーを味方につけ、無敵の「合法パスポート」を手に入れた逃亡三人組。
ジャングルを抜けて大都会サン・パウロへ向かう彼らの前に、一体どんな運命が待ち受けているのか……!?
第141話もどうぞお楽しみに!




