【第139話 Hard Touch 瀬棚町】
「来翔さん! 私にも小さなハッチバックの車を選んで貰えませんか? 鈴子みたいな可愛らしくてお買い物にピッタリな物が良いんです。鈴子のマーチもすごく乗りやすかったので……」
免許を取ったばかりのマーガレットは、早速、車を買おうと思っていた。本来なら夫であるワタルと車屋などを巡ればいいのだが、勇者としてのワタルには頻繁に首都での仕事が入ってくるために、常に長期出張に出かけている。そんないつ帰るかわからないワタルを待つよりは、鈴子のマーチを選んだという来翔にお願いした方が早いと言うわけだ。
「ハッチバックと言ってもかなりの種類があるんですが、マーガレットさんには希望とかありますか?」
「鈴子みたいな過給機があると、ついついかっ飛ばしてしまうので、大人しい過給機の無い車が良いです」
マーガレットが免許を取った日に家に帰り、ワタルに函館から三十分で帰ってきたことを話すと、マーガレットはワタルからキッチリと怒られていた。勇者の妻として有るまじき危険運転だと、長々とワタルから怒られていたのだった。なので、マーガレットはキッチリと反省して、今後は過給器のついた車には乗らないと決意していたのだ。
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そして、マーガレットと来翔は、来翔のSUZUKIのkeiワークスに乗って江差の中古車販売店へ赴いた。
「来翔さんのこの車も小さくて運転しやすそうですね」
「はい。ただし、これは四駆なので曲がらないです! 鈴子ちゃんのマーチはFFなのでコーナーリングでスピードを保ったまま曲がれたでしょ?」
来翔もマーガレットが函館から三十分で帰ってきたことを聞いていたので、マーガレットはナチュラルにタックインが使えるのだと判断していた。
「私はまだ教習所のセダンと鈴子のハッチバックしか乗ったことがないの。だから、曲がりやすかったとか、よく分からないわ」
「そうですよね。初心者じゃまだそんな事は分かりませんよね。なら、やはりFF一択です! というかハッチバックでFRはかなりレアですからね」
そんな話をしていると中古車販売店に着いたので、マーガレットは色々なハッチバックの車を物色し始めた。
「こうして見ると、だいぶ個性が違うんですね。マーチも鈴子が乗ってた四角いマーチ以外にも、カエルみたいな丸いマーチもあるんですね?」
「そうです。あれは年代が全然違うんですよ。鈴子ちゃんのマーチは初期型なんです。鈴子ちゃんはコミコミ五十万円を希望してたので、古いマーチになりました。ところでマーガレットさんの予算は?」
「そうね……。どうせ初めての車は、すぐに何処かにぶつけちゃうんだし、安めなのが嬉しいわね。コミコミで三十万円くらいかしら」
来翔は予算を聞いて、即断した。店の奥に飾られていた、鈴子のマーチと同世代の四角い車。SUZUKIのカルタスGT-i(AA33S)だった。
「あら? 鈴子のマーチに似てカクカクしてるのね。これは過給機は付いてないのかしら?」
「もちろん! そもそもFFって過給機は意味が無いんですよ。強烈なパワーがあってもトラクションがかからないから、パワーが全て逃げちゃうんです。まあ、フロントヘビーになるのは良いんだけど、FF乗りは全員がタックインを扱えるから、そもそもフロントヘビーにする意味もありませんからね! FFで一番大事なのはレスポンス。コーナーからの立ち上がりで、素早くパワーバンドに入ることが一番大切なんですよ」
来翔の言ってる意味は全く意味不明だったが、カルタスはSUZUKI製だと聞いて、名前が似ている鈴子にも気に入ってもらえるんじゃないかと思い、マーガレットも決断した。
「SUZUKIって聞いちゃうと、もう他の車は選べません。このカルタスなら鈴子も喜んでくれますよね!」
こうして、マーガレットは無事にカルタスを購入した。コミコミで二十四万円と手頃な価格も、マーガレットには好印象だった。
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そして、数日後。マーガレットが車を買ったということで、皆で瀬棚町までドライブをする事になった。
来翔はkeiワークス。鈴子はマーチスーパーターボ。マーガレットはカルタスGT-i。見る人が見れば走り屋チームのツーリングに見えるのだが、走り屋としての自覚は本人たちには全く無かった。
まだ瀬棚町には行ったことがないフェアリーも全員着いてきたので、三台の車に分けて乗っていた。三台は来翔の宿から出発した。先頭は来翔。真ん中に鈴子。最後尾にマーガレットとなっていた。
江差から瀬棚まではずっと海岸線を北上する。滅多に対向車などは現れないのどかな道が延々と続く。これが過疎地のいい所でもあるのだ。常に国道といえど貸切状態で、信号も全くない。初心者にも優しい道なのだ。
それぞれの車に乗り込んだフェアリー達も喜んでいた。ただし、鈴子だけはまだネーラとチックルしか見えないので、鈴子の車にはネーラとチックルが乗り、他のフェアリーの通訳をしていた。
「ねぇ。鈴子。来翔を見失わないでよ?」
「大丈夫よ、ネーラ。この道路は一本道なのよ」
「あ、そうなんだ! それなら、安心!」
などと会話をしていると、最後尾を走っていたマーガレットのカルタスがマーチスーパーターボをアッサリと追い抜き、先頭の来翔の車のスリップストリームを仕掛けて走っていた。
カルタスGT-i。過給機は付いていないが、ノンターボ最強のエンジンと言われる独特なエンジンを搭載している。単純な速さでは、マーチスーパーターボよりも遥かに速い。後期仕様のマーガレットのカルタスのパワーは、過給機無しでもマーチスーパーターボと同等のパワーがある化け物なのだ。
そんなカルタスから煽られている来翔は、愛機であるkeiワークスで負ける訳には行かなかった。来翔は軽とはいえ、キッチリといじる所はいじっている愛機のアクセルを踏んだ。すると、四駆らしいトラクションを路面に伝えて、カルタスを一気に引き離した。だが、次のコーナーリングではビタビタに煽られる始末。そんなカルタスをミラー越しに見て、来翔も呟く。
「さすが、SUZUKIの最高傑作! だが、このkeiワークスもキッチリと仕上げたんだ!」
そう言って来翔は再び直線で引き離す。そして、コーナーで追いつかれるというのを繰り返していた。
鈴子はどんどん視界から消えていく二人を見ながら、慌てることなく自分のペースを崩さずに、ゆったりと海を見ながら進んでいた。
その時、ネーラとチックルが置いていかれたことに腹を立てて、鈴子に詰め寄る。
「鈴子! もう、あんなに引き離されてるー! 早く追いついてよ!」
「良いの。あの二人は放っておきましょ! 瀬棚町なら私でも迷わずに行けるからさ!」
それを聞いたチックルが激怒して、勝手にマーチにチックルのスキルである『加速』を付与してしまった。すると、鈴子は何もしていないのにマーチが勝手に加速してしまった。マーチの二つの過給機が咆哮を唸り出す。すると、あっという間にカルタスのリアテールが見えてきた。
「凄い! 凄い! チックルの『加速』のおかげだ!」
「よぉし! 今度は私の『軽量化』を付与するね! 軽〜くな〜れ!」
すると、マーチは更に加速した。そして、カルタスを簡単に抜き去った。
「ネーラもチックルもや〜め〜て〜! 勝手に速くしないで〜!」
特にアクセルを踏み込んだ訳でもないのに、軽量化と加速のスキルでマーチは勝手に速度がぐんぐん上がってしまう。鈴子は追い抜いたカルタスをミラーで確認すると、マーガレットの顔が笑っていなかった。明らかに戦う者の顔をして、マーチのリアテールに集中している。
しかし、さらに鈴子は不幸なことに、セリカという鈴子からは見えないフェアリーから、鈴子へ『野生化』というスキルを付与されてしまった。すると、野生化した鈴子はバーサク状態となり、マーチスーパーターボのポテンシャルを120%に引き上げて、来翔の乗るkeiワークスをも抜き去り、来翔からもマーガレットからも見えなくなってしまった。
マーチの中にいたフェアリー達は、大喜びだった。
一方、マーチに惨敗した来翔とマーガレットは、車内のフェアリー達からガンガンに責められていた。
やはり、いくら弄っているとはいえ、軽自動車のkeiでは力不足。NAエンジン最強と言われたカルタスも、結局のところマーチスーパーターボのトップスピードには追いつけない。
技術の日産の底力を、二台のSUZUKI車は痛感した瀬棚ツーリングとなってしまった。
◆
瀬棚町に着いた一同は、賞味期限が一時間という幻の甲田菓子店のシュークリームを、全員で仲良く食べていた。
トップでゴールして、ようやく野生化から解放された鈴子も、恥ずかしそうにシュークリームをいつもよりもおしとやかに食べていた。
(第140話へ続く)
(あとがき)
【スズキ・カルタスGT-i(AA33S型)スペック】
* **車両型式**: E-AA33S
* **エンジン型式**: G13B
* **エンジン形式**: 直列4気筒 DOHC 16バルブ(自然吸気)
* **総排気量**: 1,298 cc
* **最高出力**: 110 ps / 6,500 rpm ※後期仕様)
* **最大トルク**: 11.2 kgm / 5,500 rpm
* **変速機**: 5速MT
* **車両重量**: 730 kg
* **「ハチロクキラー」と呼ばれた超軽量ロケット**
なんと言っても最大の武器は、現代の軽自動車よりも軽い
**「700kg台前半」**
という驚異的な超軽量ボディです。
そこに1.3Lながら高回転まで綺麗に吹け上がるDOHCエンジン「G13B」を搭載。
パワーウェイトレシオに優れ、格上の1.6Lクラス(AE86など)をコーナーや立ち上がりでカモる実力を持っていたことから、
当時は「ハチロクキラー」としてジムカーナやラリーなどのモータースポーツを席巻しました。
* **スズキ初の「ツインカム(DOHC)」エンジン**
カルタスGT-iに搭載された「G13B」は、スズキが四輪車用として**初めて開発した記念すべきDOHCエンジン**です。
電子制御燃料噴射装置(EPI)を採用し、レッドゾーンの8,000rpmまでストレスなく一気に回る高回転型ユニットは、当時の車好きたちを「テンロク(1,600cc)じゃなくてもこんなに速いのか!」と大いに驚かせました。




