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【第133話 reverse!】

 ラッキーピエロの駐車場を巨大なウニが横切ったその時、江差町の街中にサイレンが鳴り響いた。トカゲ軍強襲以来、久しぶりの避難命令である。


 来翔と鈴子は客の避難を誘導し、鈴子は店を戸締りしながら来翔に告げた。


「私もシェルターに避難します! 来翔は現場へ行くんですよね?」


「うん。一応、元ハンターだしね。町内放送だとフェリー乗り場の方が被害が大きいらしい。行ってみるよ!」


 鈴子と別れてkeiワークスに飛び乗ると、来翔はフェリー乗り場まで一直線に走った。


 到着した瞬間、目の前に広がっていたのは怪獣映画さながらの光景だった。カニがフェリーをハサミで鷲掴みにし、そのカニをシャコが何度も殴打している。ドガン! ドガン! まるで工事現場のような轟音。衝撃波もすさまじく、足元は地震のように揺れていた。怪獣映画全盛期世代の来翔には、正直ちょっと堪らない光景でもあった。


「こ、こんな怪物は杓文字では無理だ……」


 さすがの来翔も、これは戦闘不可能と即座に判断した。自衛隊員がM3重機関銃を乱射しているが、カニにもシャコにもまるで効いていない。


 来翔は顔見知りの自衛隊員に声をかけた。


「田村さん! 重機関銃じゃ無理ですよ! 戦車じゃないと!」


「あぁ、来翔さん! お久しぶりです! 今、戦車部隊は上ノ国のロータリーに出払っていて、こちらへは回せないんです!」


「上ノ国? あそこにも巨大生物が?」


「はい、アワビです! 10式戦車でも傷一つつかないそうで、上ノ国基地は今、勇者様に連絡を入れているところです!」


「アワビ? 江差町はカニとシャコとウニ……これ、寿司じゃないか?」


 来翔の脳裏に、先日の追分寿司の記憶がフラッシュバックした。あの日、確かにフェアリーたちは「お寿司大好き!」とはしゃいでいた。まさか――エリーの『巨大化20倍』スキルか?


 来翔は努めて冷静に、目の前のシャコとカニを観察してみた。


「うん、だいたい20倍だ」


 冷静に分析してる場合か、と自分でツッコミつつ、来翔はフェリー乗り場のどこかにいるはずのフェアリーたちを探し回った。すると、悪びれる様子もなくネーラの方から声をかけてきた。


「あれ? 来翔! 仕事中じゃないの? 来翔もエビカニ合戦見に来たの? めちゃくちゃ面白いでしょ?」


 フェアリーたちは待合室でケラケラ笑いながら、夢中でエビカニ合戦を観戦していた。


 来翔はフェアリーの女王クノンに詰め寄る。


「クノン! 街がハチャメチャだよ!? 早く元に戻して! 巨大化はダメって教えたよね!?」


 クノンは心底不思議そうに答えた。


「うん。食べ物以外はだめなんでしょ? エビカニはお寿司だもん、食べ物だもん、セーフでしょ? それにこんなに大きくなれば、お寿司握り放題だよ?」


 来翔は自分の過去の失言――「食べ物ならセーフ」というルール設定――を思い出し、天を仰いだ。


 自衛隊にバレる前になんとかしなければと、来翔はクノンに頭を下げた。


「クノン、頼む! 全員にどら焼き奢るから、とにかく早く元に戻すようエリーに頼んでくれ!」


「え、どら焼き!? うん、わかった! エビカニ合戦、終わらせるね! エリー、ちょっと来て!」


 すぐに巨大化の張本人・エリーがやってきた。


「エリー。来翔がエビカニを元に戻して欲しいんだって。元に戻せばどら焼きくれるって!」


 エリーはケラケラ笑って、あっさり答えた。


「無理だよ〜。だってあの子たちが拒否してるもん! 私の『巨大化』は、相手が拒否したら巨大化も元に戻すのも、私が勝手にできないんだもん。必ず本人の許可がいる仕組みなの。あと、ぐっすり眠ると自然に元に戻るんだけど、まだ眠くないみたい。ちょうど船の取り合いで盛り上がってるからね〜」


 来翔は再び天を仰いだ。そして必死に考えた。


(カニとシャコの天敵……ヒトデだっけ? いや、ダメだ。ヒトデも拒否したらアウトだし、そもそもヒトデが眠るのかも分からん。カニもシャコも寝るかどうか怪しい。季節は秋……ってことは、アイツが使えるか?)


 来翔は何かを思い出し、フェリー乗り場から飛び出した。


「クノン! すぐ戻る!」


 向かった先は近くの原っぱだった。


(確か……この藪の中なら……)


 しばらく探し回ると、すぐに見つかった。


「やっぱりいた! 江差町がド田舎で助かった!」


 来翔はそれを持って、再びフェリー乗り場へと駆け戻った。


「クノン! エリー! コイツを巨大化してくれ!」


 来翔がティッシュの箱から取り出したのは、腹がパンパンに膨れた抱卵中のメスのカマキリだった。


「え、来翔? 昆虫の巨大化はダメだって、自分で言ってたじゃん!」


 クノンは、かつて赤とんぼを巨大化して大目玉を食らった過去を思い出していた。


「昆虫は地球最強だから巨大化させるなって、来翔言ってたよね?」


「あぁ、あの時はそう言ったけど、今は緊急事態なんだ! エリー、後で怒らないから、カマキリを巨大化してくれ!」


 エリーは目を輝かせた。


「やったー! ダンバイン、発進! 大きくな〜れ!」


 二十倍サイズになった巨大カマキリが、ギロリとシャコとカニを睨みつけた。


 秋、卵を抱えたメスカマキリの食欲は、地上最強クラスと言われている。目の前にちょうどいいサイズのカニとシャコがいるとなれば、もはや選択肢は「喰う」の一択しかない。


 まずはカニの上でカニを殴打していたシャコの真上へ、華麗に飛んだ。昆虫の定義は「六本足で飛べること」――この世のあらゆる昆虫は空を飛べる。これはカニにもシャコにも無いアドバンテージだった。


 一瞬でシャコは鎌に捕らえられ、バリバリと強靭な顎で瞬時に完食。続いてメインディッシュの毛ガニも鎌で捕獲し、これまたバリバリと平らげてしまった。


 それでもまだ収まらぬ食欲で、カマキリは脂の乗った中年男性・来翔の方をギロリと見た。だが来翔は慌てず、海へダイブ。当然カマキリも追って海へ飛び込んだ。


 その瞬間――カマキリの腹から、巨大なハリガネムシがビニョーーーンと飛び出し、カマキリはあえなく絶命。海に飛び出したハリガネムシもまた、海水では生きられず、あっさりと絶命した。


 カマキリの腹には、しばしばハリガネムシという寄生虫が潜んでいる。この寄生虫は宿主のカマキリを水辺へと誘導し、水に近づいたところで腹を突き破って飛び出すという、なんとも恐ろしい生態を持つ。ただし海水中では即死する。日本の男子なら一度は聞いたことがあるであろうこの豆知識を、来翔はフルに活用したのだった。


 ……ところが、このハリガネムシ。なぜか女子からの評判が著しく悪い。YouTubeの動画にも「グロ注意」のタグが付けられがちだ。カマキリとハリガネムシにロマンを感じるのは、もしかすると男子だけなのかもしれない。


 巨大な寄生虫を人生で初めて目撃したフェアリーたちは、さっきまであれほどケラケラ笑ってエビカニ合戦を観戦していたというのに、ハリガネムシが飛び出た瞬間――全員揃って盛大にゲロを吐いた。


 フェアリー、まさかの全員リバース。


 その後しばらくの間、来翔は全フェアリーから口をきいてもらえなかった。




 ◆




 一方その頃、笹山では、冬眠前のヒグマ狩りがてら田吾作と詩音が夫婦水入らずで散歩をしていた。すると、先日フェアリーたちが松茸と栗を巨大化した際の残骸が、まだそのまま残っているのを田吾作が見つけた。


「やんや、あの時の栗がまだ残ってたわ! しかも、はんかくせぇことに棘が付いたまま巨大化してんでねぇの!」


 詩音も大きな栗を見て感心する。


「いいじゃん、ダーリン。これだけ大きいなら棘もナタで落としやすいもん。二人で棘、落としましょ」


 こうして夫婦は水入らずで、巨大化した栗の棘をナタで丁寧に伐採していった。


「よし、割るべ! 中身だけ持って帰るべさ!」


 田吾作が栗を真っ二つにナタで割ると――中から出てきたのは栗ではなく、ぎっしり詰まったウニの身だった。栗だと信じて疑わなかった夫婦の目の前に、謎の内臓めいたものがデローンと現れた瞬間、それがウニだとはわからずに、あまりのグロテスクさに二人は同時にリバースした。


 こうして、江差町・上ノ国町を襲った巨大化生物騒動は、盛大な悪臭と共に幕を閉じたのだった。




 (第134話へ続く)



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