【第131話 上ノ国ではよくある事】
上ノ国基地の幕僚長のイズミは、ゲートパニックの頃の道南の事を知らない。防衛大を卒業して内勤畑を務めあげた現場を全く知らない中年男性だった。
そんなエリートのイズミの判断能力では追いつかない程のパニックが起きてしまい、なんの指示も出せなくなっていた。なので、イズミは最後の手段に出た。
「勇者を連れてきてくれ!」
◆
数十分後、ワタルは久しぶりの上ノ国基地にやってきた。イズミは早速、謎の巨大生物パニックについて説明を始めた。
「勇者様! 現在、上ノ国、江差、奥尻島に謎の巨大生物が出現しました! これは防衛省からの正式な依頼です! 勇者様以外に奴らを駆除できません! もう街には相当の被害が出ています! ちなみに上ノ国には、巨大なアワビが国道を闊歩しています!」
「は?」
「闊歩しています!」
「いや、そこじゃなくて、アワビを俺が? 海人さんにお願いしてみては?」
ワタルはたまに、この辺で取れる手のひらよりも大きなアワビが見つかったのだろうと思い込んでいた。
「あんな巨大なアワビは、海人の婆さんでは無理です! 勇者様じゃないと無理なんです! とにかくデカイ!」
ワタルは笑いながら答える。
「幕僚長は県外の人なんで知らないと思いますが、この辺ではたまに巨大なアワビが取れるんですよ。上ノ国ではよくあることなんで、幕僚長も気にしちゃダメです! 生物は北に行くほどデカくなるって言うでしょ? アワビに限らず、北海道の生物は全部デカイんですよ」
確かに、イズミは関東の人間だった。なので、一度冷静に考えてみた。目の前の勇者は巨大なアワビと聞いても平然としている。しかもよくあることと言い切った。もしかしたら、北海道では本当によくある事なのだろうか? 自分はこんなよくある事のために戦車部隊を出動させてしまったのか? 今までエリートコースに乗っていたイズミは、急に怖くなった。
イズミは真っ青な顔になり、勇者に尋ねた。
「勇者様。まずいことになったかも知れません……実は……巨大アワビと聞いて、私は戦車部隊を出動させてしまいました……」
「は? アワビ相手に戦車部隊ですか? なぜ、そんな無駄なことを!?」
「はい……無駄に終わりました……」
「そうですよ! アワビに戦車なんて意味無いですよ!」
「やはり、戦車部隊はダメなんですね?」
「当たり前です! 巨大だからと言ってアワビに戦車部隊なんて、やるだけ無駄なのは少し考えればわかるでしょ? とりあえず、俺は釣りが趣味なんで、俺で良ければアワビを採ってきましょうか? 採ったアワビは幕僚長が食べますか? 大き過ぎるとアワビってあまり美味しくは無いけど、干しアワビにでもすればかなり高級食材ですし」
「あの巨大アワビを干すのですか?」
「そうそう。干すと縮むでしょ? だから、デカイほど干しアワビには向いてるんですよ! とにかく、俺が採って来るんで場所を教えてくださいよ」
「今はロータリーの方角へ進んでいます。速度は遅いのですぐに追いつくはずです。一応、アワビのことを戦車部隊が追走してるんで、現場まで行けば隊員が色々と教えてくれるはずです! それでは現場まで隊員に送らせます!」
◆
こうして、ワタルは現場まで若い隊員の天野という青年の運転で送ってもらった。
「勇者様、魔法剣はお持ちにならないのですか?」
「ハハハ、アワビを採るのに剣なんて使わないよ! 幕僚長といい、君も大袈裟だなぁ〜」
「あの巨大なアワビを素手で採るつもりですか! 危険ですよ!?」
「確かにアワビは一度くっつくと剥がれないからね。そこは一瞬でやれば何とかなるのさ。俺はよく、くっつく前に木の枝とかを先に入れちゃうんだよ。そうすれば簡単に採れるよ」
若い隊員は困惑したまま、運転を続けていた。
やがてロータリー付近に来ると、戦車部隊が列を成していた。戦車部隊を見て、今度はワタルが困惑していた。
「ちょ、ちょ、ちょ! 何なんですか! この戦車部隊は! 総動員してるじゃないかー!! これはやり過ぎだよ! 演習ならまだしも、演習じゃないんだろ?」
「はい! 演習ではなく実践です! 戦車部隊も実弾が装填されてます!」
ワタルがようやく、会話がすれ違ってる事に気づいてきた。
「ところで、あの小高い山は、いつの間にあんなところに? ここは国道ですよね? 道のど真ん中に小山がありますよ?」
「小山? 何を言ってるんですか、勇者様。あれが例のアワビですよ?」
「は?」
ワタルの目が点になって、フリーズしてしまった。
◆
上ノ国のロータリーの先には、江差町の街がある。巨大アワビは、江差町の方角へユックリと進んでいた。
若い隊員の天野は、期待を込めて勇者に告げる。
「さあ! 勇者様の出番です! あの巨大アワビの討伐をお願いします!」
ワタルはフリーズしたまま、巨大アワビを見つめていた。
(第132話へ続く)




