【第121話 宇宙は最後のフロンティア!】
ついにスペースZのサテライト店に、カリーナとモナがやって来た。もちろん、サテライト店の受付も、トンプソンとデビットがキッチリ仕込んだTdカンパニーの社員だった。カリーナが好きそうな美形の二十六歳の女性、コレットが応対している。
「月には既に誰か住んでるのかしら? いるとしたら、月の民はどんな種族か教えてもらえる?」
「ご安心ください。現在、月には誰も住んでいません。いたとしても、ロシア人が数名いるくらいです」
「あら? 何故、誰も住んでいないの?」
「月は地球から三日の距離なので、近すぎるからだと思われます。月を支配しても、わずか三日の距離では領土を巡って戦争になりかねません。なので、皆さん牽制し合ってる実情があります」
「あぁ、なるほどねぇ。三日という距離が問題なのね……」
「はい。無人の人工衛星ですと数時間で着きます。つまり、地球から核ミサイルを撃つことができる距離なのです」
核ミサイルが届くと聞いてしまうと、さすがのカリーナでも躊躇ってしまった。そんな迷っているカリーナに、コレットが魅力的な提案をする。
「当社では料金は少々お高くなるのですが、月以外にも金星と火星の旅行も提案してますわ。この中でも金星はVENUSと呼ばれておりまして、美女しか住んでない、全宇宙から憧れの対象の惑星もございます。距離も四ヶ月と程よく離れていて、核ミサイルも届きません」
美女しかいない惑星と聞いて、カリーナの表情が明らかに変わった。
「VENUSですって!? そんな惑星が本当にあるの?」
そこへモナも追い打ちをかけた。
「ビーナスは明けの明星などとも言われてるくらい美しい星でもあるんです。地球の神話時代からVENUSだけは美の象徴なんですよ?」
愛するモナからも金星が美女惑星だと聞いてしまったカリーナは、兄と同じ月よりも、さらにそれを上回る金星の方に興味がわいていた。
「月と金星では、どちらの方が大きいのかしら?」
「金星です。VENUSは地球の姉妹星とも言われていて、地球と同じくらいの大きさです。単純な直径では月の三.五倍ですが、体積は四十倍もある重たい星ですわ。それだけ美女も多いと言うことでもあります」
宇宙の知識を持っているモナからすると、明らかに目の前の店員は奇妙だった。先程からメルヘンチックな事ばかり言っているのだ。宇宙について無知なカリーナだから騙されているが、こんな事を今どき小学生でも信じない。
それでも、今のモナからすると、目の前の意味不明な店員は救世主に見えていた。
(金星にカリーナを送る事が出来れば、カリーナは間違いなく死ぬ……)
実際の金星は、九十気圧という人間どころか宇宙船ですらまともに原型を保てない程、太陽系で最も過酷な星だ。気温も四百六十度もある最も暑い星で、雨も硫酸の雨が降る。そんな星にカリーナを送ろうとしている目の前の店員は、モナから見ると、明らかにモナの味方にしか見えなかった。
そこで、モナはそれを確かめる意味で、ある質問をしてみることにした。
「妊婦でも宇宙には行けるのでしょうか?」
コレットはニコッと笑って答えた。
「不可能です。地球から離れる時の重力で、お腹の中の赤ちゃんが耐えられません!」
モナの中で、確証に変わった。
(この店員は、カリーナを宇宙で殺すつもりだ!)
「そうなのね。それなら、私は産後に行くとするわ」
「そうしてください。赤ちゃんが産まれた後で、親子で宇宙旅行を楽しんで下さい」
「えぇ。産後は火星にでも行ってみるわね」
絶望的な監禁生活の中で、人生を諦めていたモナだったが、謎の店員コレットのおかげで、ほんの少しだけ希望が湧いてきた。
(そういえば、スペースZの調印式には元ZONの若い社員がいた! そうか! ZONを辞めた連中は、密かにカリーナ殺害を狙って…………)
奇妙な店員のコレットを見て、元々優秀なモナは一つの結論に行き着いた。それは、ZONの元社員達が打倒カリーナのためにスペースZを買収したのだという事だった。
それに気づいてしまったモナは、表情や態度で判断力スキルのあるカリーナにバレることを恐れて、サテライト店を早く出て、すぐに家に帰るためにつわりが酷くて帰りたいとカリーナに言ってみた。すると、既に親バカを発揮していたカリーナはすぐに自宅へと帰り、家政婦のカスミにモナを託していた。
「カスミ! モナの体調が悪いの! 何とかして!」
「ありゃま! 奥様。お任せ下さい。さあ、モナ奥様。寝室へ行きましょう」
カスミはモナに、寝室で横になるようにうながした。モナがベッドへ横になると、カスミが心配するカリーナへ告げた。
「カリーナ奥様。今はモナ奥様を一人にさせてあげましょう」
カリーナも素直に従って、リビングへと行ってしまった。
そんな寝室に一人になったモナは、喜びを一人で噛み締めていた。
(カリーナを抹殺するために、誰かが動いてた!)
そんな所へ、虚空の中から老人男性のしゃがれた声が聞こえてきた。
『やんや! 顔に出過ぎて奴にバレるべや! コンニャロー! シャキッとしろって!』
突然の心霊現象に、モナはパニックになり悲鳴をあげてしまった。
「キャアァァァ!」
悲鳴を聞いて駆けつけた家政婦のカスミが、虚空を見つめて怒鳴った。
「この! 田吾作! モナをビビらせてどうすんだい! この子は妊婦だよ! このクソジジイ!」
それだけ言うと、カスミはニッコリと笑ってモナに囁いた。
「クソジジイもアンタの味方だよ」
カスミが部屋から出ていくのを見つめていたモナは、カスミが痴呆では無いことを悟った。そして、カスミのように虚空を見つめて語り出す。
「どうして見えないのかはわからないけど、誰かいるのね? そして、カスミとアナタは、私を守るために来てくれたのね?」
虚空は何も語らなかった。つまり、否定をしなかったのだ。モナは、生きる希望がますます見えてきていた。
(死んだジムのためにも、この子を育ててみせる!)
◆
モナが体調不良になったことで、カリーナも自宅で付き添おうと思ったのだが、カスミからは静かにする事が一番の治療だと言われたので、渋々、カリーナは会社に向かった。というのも、ゾーン団のメンバーに、ボスである兄を超えて金星の支配についての相談もしたかったからだ。
会社に着くと、地下三階のゾーン団スペースの会議室には、ゾーン団の戦闘要員の生き残り総勢三十名――シアトル在住の戦士と魔道士が久々に集合した。
「皆、久しぶりね。今日は皆に提案があるの」
カリーナがホワイトボードに太陽系の星図を貼り付けた。
「ボスである兄貴が占領してるのは、この月よね? まあ、この星図はこちらの世界の星図だから、アチラの月とは違うのだけれど、大きさや近さはたぶん同じくらいだと思うのよ」
すると、カリーナよりもほんの少しだけインテリなロビンという女魔道士が口を挟んだ。
「ボスだからこそ、自力で月まで行けたけど、この中で月まで飛べる人なんていないわよ? カリーナでも無理でしょ? 月は他の星よりも近くには見えるけど、とてもじゃないけど飛行魔法で飛んでいける距離じゃないはずよ? それとも、カリーナもボスみたいな特殊スキルを獲得できたのかしら?」
そんなロビンの問いかけに、カリーナは不敵な笑みを浮かべ、自信満々に全員へスペースZから貰ってきた宇宙旅行のパンフレットを配った。
「フフフ、こちらの世界では月まで連れていってくれる企業があるのよ! しかも、月だけじゃないの! VENUS。ホワイトボードを見て!」
カリーナは地球を指さした。
「ここが今、我々がいる地球。そして、この地球のそばにある小さいのが月。そして、地球の隣にある姉妹星がVENUS! 金星なの!」
星図を見たゾーン団が驚いてしまった。星図に描かれた月と金星では、明らかに大きさが違うのだ。さらにパンフレットを見ると、ちゃんと金星ツアーの募集広告も記載されていた。
戦士タイプの大男であるセオが驚いて呟いた。
「まさか……金星を侵略するとでも言うんじゃないだろうな?」
「うふふ、セオ。今、我々が生活しているこのトンプソンが作った会社員という生活は馴染んだ?」
セオは昔ながらのゾーンの戦士なので、いまだに計算機すら使えなかった。そんなセオは、日頃からカリーナ以上に無秩序に飢えていたのだ。
「馬鹿なことを言うな! カリーナ! ぶち殺すぞ! 俺はゾーンの男だぞ! 欲しいものは奪う! 嫌いな奴は殺す! それだけの男だ! 会社員なぞ馴染めるかー!」
カリーナはニッコリと笑って答えた。
「金星は別名がVENUSって言うの。太陽系の中で最も美しいんですって! しかも、そこにいる人間はVENUS。つまり美女しかいないらしいわよ」
ゾーン団のメンバーが震えた。カリーナの提案が魅力的過ぎて、武者震いが止まらないのだ。
「本当か! カリーナ! 美女しかいない星だと!? それを俺たちが奪うのか!?」
「そう。全てを奪うの。金星を手に入れたら、兄貴よりも私たちの方が序列は上になるわ。と言うことは、ボスの座は私。私こそが、ゾーン団のボスに相応しいと思わない?」
会議室の全員が息を飲んだ。最強の魔道士であり、ボスのゾーンよりも魅力的な提案をしてきたカリーナは、今のゾーン団からすると、カリーナこそがボスに相応しかったのだ。
まずは、勇猛果敢なセオが語り出した。
「カリーナ、俺は最初から、ボスが地球を侵略しろという命令には不信感しか無かったんだ。地球の食い物は確かに美味い。文化レベルも圧倒的だ。でもな。人族しかいない世界で、しかも強者がいない! こんなところに俺らゾーンの男が来る必要が本当にあったのか? こんなひ弱な世界は戦闘タイプでは無いゾーンの民でも侵略できたんじゃないか? と、常日頃から感じていたのだ! 俺はカリーナと共に金星に行くぞ! そしてカリーナをボスの座に俺が押し上げてやる!」
インテリなロビンも同意した。
「まさにセオの言う通りよ! こんな弱すぎる世界に、私のような魔道士は必要なかったのよ。しかも、この世界には魔素が無いんですもの。MPが一晩寝ても回復しないんですもの。こんな世界に、どうしてボスは魔道士を送り込んだのか理解できなかったのよ! 私もカリーナをボスに推薦できるわ!」
会議室にいる、カリーナ派閥のゾーン団の結束が、より一層固まった瞬間だった。
カリーナを含め、ゾーン団の面子はホワイトボードに貼られた星図を見ながら、ニヤニヤと下衆な笑みを浮かべていた。
◆
その様子を、かくれんぼで身を隠して見ていた詩音は、胸糞悪くなり、苦い顔でカリーナのことを睨みつけていた。
(金星に生物なんていない。そんなことは、この人たちだって本当は調べればすぐにわかるはずなのに……。それでも、そんなどうでもいい嘘を、まるで宝物のように信じて盛り上がってる。……女を、まるで「奪える資源」みたいに扱うその考え方。そういうところが、大嫌いなのよ)
詩音は、姿を隠したまま静かに拳を握りしめた。
自分がハンターとして戦ってきた理由の一つに、こういう連中を絶対に許さないという想いがあることを、改めて胸に刻んでいた。
(第122話へ続く)




