【第107話 プロの暗殺者】
異変に気づいたLEONは、必死でビリーの喉の奥に指を入れ、毒を吐かせようとした。だが、もう遅かった。心肺停止。人族はこうなると、まず助からない。それを、暗殺者であるLEONが誰よりも知っていた。
「アリャマ……ビリーが死んでしまった……」
◆
LEONとビリーの付き合いは、かれこれ十年にも及ぶ。
トカゲ王国の中でも、カメレオン族は蔑まれている。トカゲ人類は、ワニのような強い牙、鋭い爪、硬い鱗、強いシッポで戦うことを美学としていた。カメレオン族には、そのどれも無い。しかも、保護色を使って姿を消せることから、トカゲ人類の中でも異質で、気味悪がられる存在だった。
そんなカメレオン族の多くは、成人する頃にはトカゲ王国を出ていく。LEONもまた、そんな一人だった。
トカゲ王国を出ると、人間の国に住み着いた。南の島から近いスージリという辺境の地で、日雇い労働者として底辺の生活をしていた。カメレオン族の手は人族の手のひらに近く、道具を持てるという特性がある。それゆえに、トカゲ人類の中でも比較的、人族の街で生活を送れる存在だった。LEONは主に、鉄工房の仕事をしていた。カメレオンの目は人族の目よりも遥かに高性能だ。その目を使って、鉄の温度の変化を探ったり、不純物の善し悪しを検品する仕事を、ドワーフのミントという女親方の下でアシストしていたのだ。
そんなLEONが、たまたま街に来ていた賞金稼ぎ、ビリーとレンカのコンビと出会った。
ある日の昼下がり。丸々と太ったビリーと、セイレーンのレンカが、鉄工房を訪ねてきた。
「おう! 親方はいるかい? トカゲの兄さん!」
まだ成人したばかりのLEONは、初めてセイレーンを見て怯えてしまった。
そんなLEONに、レンカがクスりと笑った。
「お兄さんは、魔族を見るのは初めてかい?」
「は、はい……。俺は成人したばかりなので、まだ二歳なのです……」
「そうかい。そりゃ、怖がらせて悪かったねぇ〜。トカゲは本能的に、鳥が苦手なんだよ。私の姿は、鳥そのものだろ?」
「あ、いえ。だ、大丈夫……です……。今、親方を呼んできます……」
これが、ビリーとレンカとの出会いだった。二人は、この地に逃げ込んだゾーン団の一味を追っているのだと、親方との会話で知った。なんでも、ゾーン団は直近で王都の騎士団と斬り合いになったため、必ず剣の打ち直しに鍛冶屋か鉄工房を訪れるというのだ。そんな話を、ビリーが親方のミントとしていた。
(ゾーン団が、この街に……)
一般市民であるLEONから見ると、鳥の姿のレンカよりも、ゾーン団の方が圧倒的に怖い。出来ることなら、別の鍛冶屋に行って欲しいと願っていた。
ところが数日後。ミントの鉄工房に、運悪くゾーン団が訪れてしまった。もちろん、剣の打ち直しだ。
ミントはそれを了承するフリをして、LEONに宿屋まで走り、賞金稼ぎを連れてくるように指示を出した。
LEONがビリーとレンカを連れてくるまで、ミントは時間稼ぎをするつもりだったのだが――LEONが鉄工房へ戻ると、ミントはゾーン団に犯された挙句、殺害されていた。
「お、親方が……」
「トカゲの兄さんは、これ以上見ねぇ方がいい。レンカ、遺体を綺麗にしてやれや……」
ここから先のことを、LEONもあまり覚えていない。ただ気がつくと、LEONはビリーとレンカと共に、ゾーン団を追っていた。ビリーは、カメレオン族は暗殺者に向いていると褒めてくれた。レンカは、カメレオンの長い舌は魔族のような身体的な武器になると教えてくれた。
賞金稼ぎになって十年が経つ頃には、ビリーの賞金稼ぎギルドの中でも一目置かれる存在となっていた。
そんな恩人でもあるビリーが、毒殺されたのだ。
◆
LEONは、ビリーが最後に口にしていたUber配達員が持ってきたピザの箱を、じっくりと観察した。カメレオンの瞳で。
カメレオンの目には、紫外線が映る。人族の指紋も、ハッキリと見えていた。
パッケージから、五人分の指紋を発見していた。一つはビリーの。一つはクロガネの。残る三つの指紋の持ち主を探すために、まずはピザ屋に赴いた。
すぐに、店員二人の指紋と照合できた。一人はパートの主婦。もう一人は学生アルバイト。
(この二人は違う……)
続いて、LEONは店前のタイヤ痕を探った。Uber配達員は、自転車か原付を使う人が多い。だが、直感的に自転車ではないと睨んだ。万が一の時に、自転車では逃げきれないからだ。ということは、五十cc。この国では、五十ccは免許がいらない。簡単に入手できる。そして、犯人の心理としては街に溶け込むような派手なものではなく、地味でよく見るタイプのスクーターだと睨んだ。
(十インチタイヤ痕は、これとこれだ)
LEONは五十ccスクーターのタイヤ痕を探った。すると、米軍施設まで真っ直ぐに続いているタイヤ痕を見つけた。
そのタイヤ痕は、米軍施設に配達したあと、そのまま郊外のモーテルまで続いていた。
タイヤ痕を追ってモーテルの前まで来てみると、まんまと一室の前に、白いYAMAHAのスクーターが停まっていた。LEONは保護色とステルスを展開し、その部屋へと侵入した。
そこには、依頼人らしき人物と電話中の殺し屋がいた。
「今、全員殺したぜ。半金を振り込んでくれ。……あ? 証拠?……そんなものは自分らで調べろ。米軍施設で、そろそろ遺体の搬送が行われるはずだ。………あぁ。わかった。………よろしく頼むぜ」
LEONは姿を消したまま、ブーメランで殺し屋の後頭部を殴り、気絶させた。そして、そのまま米軍施設まで速やかに運んだ。
◆
その頃、トンプソンは、目の前でゾーン団が全員死んでいるのを見て、すぐにレベッカを起こした。
「おい! レベッカ! 起きろ」
レベッカが目を覚ますと、数日ぶりに目を覚ましたトンプソンを見て、安堵してニコッと笑った。
「社長! ようやく目が覚めたのですね! おはようございます!」
「挨拶などは良い! これはどう言うことだ!」
トンプソンの顔が怒りに満ちていたので、レベッカも一瞬でいつものクールな秘書の顔に戻る。
「どう言うこととは、いったいどうしたのですか?」
トンプソンが無言で、周りを見ろとジェスチャーをした。レベッカも辺りを見たが、他のゾーン団の人たちがグッスリと眠っているように見えるだけで、何のことか全くわからなかった。
「すいません、社長。社長が怒ってる原因がわかりません……」
レベッカが申し訳なさそうに俯くと、ようやくトンプソンが静かに呟いた。
「死んでる……全員……」
「えっ?」
レベッカが改めて皆を見ると、呼吸音が聞こえない。微動だにしない。
「ま、まさか……し、死んでる……? 嘘……眠ってる間に処刑されたって事ですか……?」
「わからん。俺が目を覚ました時には、既に全員が死んでいた。逆にお前だけ、何故生きている?」
レベッカは、自分が疑われていることに、ようやく気づいた。
「社長!! 私じゃありません! 私には殺す動機がありませんよ!」
「動機ならあるだろう。奴らに寝返ったのか? ビリーに……いや、ビリーはそんな事はしないな。奴は自分で殺るタイプだ………それならば、誰が……密室で殺れる奴なんて、俺かお前しかいないだろう」
そこへ、監禁部屋の扉が開いて、ドサッと拘束された殺し屋が投げ込まれた。
「犯人はコイツだ! コイツは地球人のプロの殺し屋だ! 今、捕まえてきた」
床に投げ込まれた殺し屋は、泣きながら訴えた。
「こ、殺し屋? なんのことですか!? 私はただの配達員ですよ!」
見るからに痩せた初老の、貧しい男だった。見た目だけでは、とてもじゃないが殺し屋には見えない。レベッカもトンプソンも、にわかには信じられなかった。
「ただの配達員のクセに、何故、トカゲの私を見ても驚かない?」
殺し屋は、動揺してしまった。
その些細な動揺を見て、レベッカもトンプソンも、LEONの言っていることが真実だと理解した。トンプソンの統御のスキルでも、彼は配達員としては異質で、バグがあると判断していた。
「貴様が、俺の部下を殺したのか! 依頼人はカリーナだな!」
図星をつかれ、殺し屋も観念して項垂れた。
そして、命乞いもせずに、その場で黙ったまま動かなくなった。すでに、ここで死ぬことを理解しているかのように、無駄な抵抗も命乞いもしなかった。
LEONとしても、ビリーの仇を討ちたかった。だが、それは部下五人も殺されたトンプソンに譲ることにした。
「トンプソンの好きにしろ……」
殺し屋だけを監禁部屋に残して、LEONは部屋から出ていった。
部屋の前では、物言わぬビリーとクロガネが、静かに眠り続けていた。
(第108話へ続く)




