【第106話 プロの殺し屋】
ビリーとLEON、プロの賞金稼ぎの手により、トンプソンとその配下はミスリル製の手錠で拘束された。この手錠は、ゾーン団の戦士と言えど壊すことは出来ない。無理に壊そうとすれば、さらに締め付けられていき、最終的には手首を切断するまで締め付けられる。解除は、手錠をはめた者にしか出来ない。ビリーとLEONが外さない限り、二度と外れることはなかった。
「ШФУУПычуф……」
異世界語しか話せないビリーの言葉を、ネーラとマーガレットが通訳してくれた。
「来翔、ビリーが日本大使館の監禁部屋だと脆いから、米軍の異世界人用の檻に入れたいってさ」
そのネーラの言葉に、マーガレットが補足する。
「来翔さん。怒らないで聞いてください。彼等なら拘束しなくても逃げないと思います。……と言っても、ビリーさんを説得しなければならないんですけど。実は、ゾーン団も一枚岩じゃないんです。もうトンプソン達は本部へ戻れません。これは、カリーナというゾーン団の幹部による、彼らの暗殺計画なんです。もちろん、米軍の施設なら彼らの安全は保証されますけど、彼らを監禁するくらいなら、彼らと一緒にカリーナを倒すべきだと思います。カリーナという人物は、トンプソンよりも遥かに地球人にとって危険な思想の持ち主でした。蛮族の中の蛮族って感じの女性です……。彼女を倒すには、彼らの協力が不可欠です!」
来翔はニコッと笑って答える。
「それは難しいよ。彼らは江差侵攻の時のメンバーだからね。あの時、彼らは多くの江差町民を殺したんだ。街も破壊した。そんな人達を野放しには出来ない。けど、命の保証をする代わりに、情報提供だけは頼むつもりさ。僕もアチラの刑務所には入ってたけど、帝国指導の元で非人道的な刑務所ではなかったよ。だから、アチラの刑務所に入れることを約束するよ。処刑はさせないし、ビリーの賞金稼ぎギルドは元々、生け捕りする方針の賞金稼ぎなんだ。だから、LEONさんも殺しをしないから、未だに低レベルだしね」
即処刑されないことを来翔が約束してくれたことで、マーガレットとレベッカはホッとしていた。特にレベッカは、それだけで涙ぐんでいた。
やがて、クロガネを通じて米軍から護送車が来てくれたので、ゾーン団を米軍施設まで護送した。
◆
施設内では、ミスリル製の監禁部屋に入れられたことで手錠から解放されたトンプソンと仲間たちが、手首をさすっていた。
当然、地球人とはいえレベッカも、重要参考人として米軍施設へと連行され、軟禁されることになった。
この米軍施設は、証人保護プログラムで使われている施設だった。外観はごく普通の家なのだが、地下室には異世界人用のミスリル製の鉄格子の部屋が備わっている。建物には、ビリーとLEONがゾーン団の見張りをすることを申し出てきたので、プロの賞金稼ぎが自ら、ゾーン団を監視することになった。政府とのパイプ役として、クロガネも建物に残った。
監禁部屋の前には、LEONとビリーが陣取っている。LEONが、クロガネにビリーの言葉を通訳していた。
「クロガネ、ビリーが全員分の夕飯を買ってこいと言っている。頼めるか? 私は爬虫類だから、私の分はいらない。ビリーとゾーン団とレベッカの分だ」
「ん? LEONさんは夕飯はいらないのかい?」
「アリャマ! クロガネは爬虫類について知らないのか……。爬虫類は一ヶ月くらいは飯を食わなくても平気なのだ。それに、この施設の庭には昆虫もいるから、私はそれで構わない。それに、今の私はグルメになってしまったから、カスミの作るお刺身以外の料理は食べたくないのだ」
クロガネは苦笑しながら、全員分の食料を買いに出ていった。
監禁部屋にはゾーン団全員とレベッカが一緒に入れられていて、早速、トンプソンが全員に告げた。
「俺はMPを回復させるために寝る。今は本当にカラになっているから、もしかすると数日間は起きないかも知れん。政府関係者からの取り調べは、お前らに任せる……」
それだけ言うと、トンプソンはベッドに横になり、すぐに眠ってしまった。
心配したレベッカが、ケラーに尋ねた。
「ねぇ、ケラー。地球には魔素が無いんでしょ? MPってちゃんと回復出来るの?」
ケラーは難しい顔をして答えた。
「異世界のように、一晩寝ると完全回復ってのは無いけど、トンプソンさんクラスだと満タンという訳には行かないけど、ちゃんと少しずつ回復は出来るわよ。元々、トンプソンさんは戦士タイプだから、MPの値も少ないの。ごく一般的な魔道士タイプが総量百だとしたら、トンプソンさんのMPって四十なのよ。まあ、それでもかなり凄いことなんだけどね。普通の戦士タイプは十もあれば凄いって言われるんだもん」
それを聞いて、レベッカも少しだけ安堵し、顔から緊張の表情が解けていった。
「ねぇ、ケラー。さっきのビリーって人は簡単に社長に勝ってたけど、あの人って木べらの戦士よりも強いの?」
「さあ? 私は木べらの戦士の戦いを見たことは無いけど、木べらの戦士の方が強いんじゃない? ビリーってのは、あちらの世界では最強クラスの賞金稼ぎなの。言ってみれば我々の天敵ね。ただし、ビリー一人では、魔道士&戦士パーティーに遭遇した時には、百パーセント勝ち目は無いの。普段のゾーン団は必ず魔道士&戦士で構成されてるのよ。だから、ビリーも我々を捕まえに来る時は一人では来ないの。ところが、木べらの戦士は魔道士&戦士と相対した時もノーダメージで、簡単に魔道士タイプを一人倒したそうよ。それを見て、戦士タイプは逃げ出したそうよ。それから、ゾーン団が一番驚いたのが、魔道士の透明化を看破したこと。透明化の魔法なんて、魔道士でもかなりの高レベルの人しか扱えないのよ。ウチの魔道士タイプのエースだった人が、木べらの戦士に簡単に看破されて殺されたのよ。はっきり言って、あれがキッカケでゾーン団が日本を捨てたって言っても過言じゃないわ。ちなみに、あのカリーナでさえ透明化は出来ないの。あれは集中力がずば抜けてないと出来ないから、MPが尽きることのないカリーナでも不可能なのよ」
来翔の恐ろしい経歴を初めて聞いて、レベッカは先程のトンプソンvsビリーについて考えていた。
(仮に社長がビリーに勝っても、意味が無かったんだ。後ろに最強の木べらの戦士がいたんだもん……)
レベッカは深く溜息を吐いた。
それから一時間後、クロガネが全員分の食料を買ってきた。テイクアウトの中華を、クロガネとビリーが美味そうに食べていた。監禁部屋にもそれは届けられたが、レベッカだけは「秘書が社長よりも先に食べる訳にはいかない」と言って、コーヒーだけを飲んでいた。
◆
一方、潜水艦を沈めた殺し屋のクリオは、漁港でゾーン団が拘束される様子を、漁師のふりをしながら黙って見ていた。
「クソッ! 生きてやがったか……。しかも一人も殺せないとは……俺も年をとったって事か……」
プロの殺し屋として潜水艦まで沈めたのに、誰一人死んでいない。その事実に、クリオは顔を歪ませていた。依頼人への作戦失敗の報告は、あえてしなかった。まだ、彼らを仕留めるチャンスがあったからだ。成功報酬が欲しかった訳ではない。プロとして、殺し損ねたことが許せなかったのだ。
彼らを尾行すると、一軒の屋敷に入っていくのを確認した。翌日、謄本を調べると、そこが軍関係の施設であることがわかった。ただの一軒家なら即座に侵入して仕留めていたが、軍の施設ならば話は別だ。間違いなく、とんでもないセキュリティで守られているはずだった。
翌日もクリオは屋敷を張り込んでいた。すると、一人の中年男性が屋敷から定期的に出ていって買い出しをし、家に帰るという行動パターンが見えてきた。
「フン! 所詮、平和ボケした日本のオッサンか……」
クリオは、クロガネの歩き方だけで、彼が自衛隊だと気づいていた。漁港でトンプソンを倒した太った男は、一度も外に出てきていない。おそらく、太った男がゾーン団を監視していることも予測できた。
(あの太った男はヤバい……勝てる気がしない……)
そう思っていたが、クリオの得意とするのは暗殺であって、戦闘ではない。面と向かって相対すれば千パーセント負けるが、プロの殺し屋は敵と面と向かうことはしない。絶対にしないのだ。
そんなクリオは、誰にでもできる簡単な細工をした。
例の施設に、Uberのクーポン券のビラを投函した。ただ、それだけだ。
それから数日後。クリオのスマホに、Uberのアラームが鳴った。配達地点は、例の施設の住所だった。
(良し! これで俺の仕事も終わりだ)
クリオは、オーダーされた料理をピックアップするために原付を走らせた。
誰にでもできる、簡単な仕事だった。
◆
翌日。トンプソンが目を覚ますと、五人の部下が息をしていなかった。
ただ、レベッカだけは、寝息を立てて眠っていた。
トンプソンは、これは夢だと思い込もうとしていた。
(第107話へ続く)




