【第103話 質問コーナー】
来翔の予約した釣り船・オルカ号には、最新のソナーが搭載されていた。
「船長! 今日はよろしくね」
船長と呼ばれたクイントは、見た目はただの荒くれ者で、パッと見はゾーン団と変わらない風貌をした初老の男性だった。
「任せろ、来翔! ソイツが勇者か? 随分と若いな」
釣竿ではなくバスターソードを担いだワタルが、軽く会釈をしてオルカ号へと乗り込み、クイントに挨拶をした。
「船長さん! 早く出航してください!」
クイントはニヤッと笑って答える。
「他のメンツは乗らないのか?」
「はい! 俺と来翔さんだけです!」
相手は潜水艦だ。水中では戦えない。今回は潜水艦が潜んでいる海域を特定するだけだったので、ワタルと来翔だけがオルカ号に乗り込んでいた。
◆
一方、潜水艦の中では、レベッカが数日ぶりに隷属の魔道具を外され、マーガレットの半径五メートル以内から解放されていた。せっかくの自由を、レベッカはトンプソンの個室で質問攻めに使っていた。
「社長は何故、異世界へ行くのですか? せっかく核ミサイルを撃てるようになったのに、この潜水艦はどうするんです? シアトルに戻らせるんですか? 今、潜水艦に残ってる『操縦』スキル持ちはジョンソンとケラーだけですよね? ケラー一人で、潜水艦をシアトルまで戻すんですか?」
矢継ぎ早に続く質問を、適当なところでトンプソンが遮った。
「少し落ち着け、レベッカ。まず言っておくが、潜水艦はこのまま異世界に持っていく。今、潜水艦に残っているゾーン団五名は、全員異世界に連れて行く。オーストラリアに残るのは、レベッカだけだ」
「え? 潜水艦を、ですか?……いやいや、無理ですよ。ロンドンアーチのゲートは潜水艦なんて通過できません。穴が小さすぎますし、満潮の時でも深さが足りません!」
トンプソンは潜水艦の中にも関わらず、マルボロを咥えて火をつけながら答えた。
「すまんな、レベッカ。貴様には教えてなかったが、俺にはまだ言っていないスキルがある。この潜水艦を異世界まで持っていくスキルが、俺にはあるのだ」
誰よりも近くでトンプソンを見てきた自負があるレベッカにとって、まだ知らないスキルがあるという事実は、少しだけ悔しかった。
「それは、どんなスキルなんですか? 他のゾーンの人達は知ってるんですか?」
トンプソンはマルボロを深く吸い込み、煙を吐いた。レベッカがその煙を目で追っていると、目の前をゆっくり漂っていた煙が、一瞬で消えたような気がした。
目の錯覚か、それとも潜水艦の空気清浄機が優秀なのか。あまり気にも留めていなかったが、トンプソンが話を続けたので、意識を戻した。
「ゾーン団には女も多いだろ? カリーナは別格として、女はやはり男よりも力が弱い。だから、ゾーンの女は下働きがメインの仕事になる。そんな中、一人の買い出し要員が、江差占領時代に日本人に化けて函館市の大型スーパーへ買い出しに出た。その時、じゃがいもの詰め放題というサービスがあったそうだ。百円でビニール袋を買って、それに好きなだけ芋を詰め込んでいいというやつだ。彼女もそれをやってみた。すると、そいつには『収納』というスキルが派生した。当時の俺は、異世界にはない新種のスキルは全て手に入れようとしていたから、収納も欲しくなってな。彼女に聞いた通り、ビニール袋に不揃いな芋を毎日詰め込んでみた。すると、本当に『収納』を獲得できた。収納スキルを使うと、今まで袋に八個までしか入れられなかったのが、十個も詰め込めるようになった。俺はその後も収納について研究を続けた。レベルが上がると、袋には芋を二十個も詰め込めるようになっていた。もはや物理的に無理なのだ。俺は物理の法則を超えて、物をしまうことが出来るようになっていた。そのうち『収納』はレベル50に達し、『無限収納』へと進化した」
その話を聞きながら、レベッカが再び煙草の煙を見つめていると、また目の前で煙が一瞬にして消えた。
「ま、まさか! この煙も!?」
「さすがレベッカだ。正解だ」
トンプソンはタバコの火を揉み消し、吸殻ごと一瞬で消してしまった。
「無限収納は、任意でどんなものでも時空の空間へ収納出来るのだ」
「つまり、この潜水艦も収納出来ると?」
「あぁ、そうだ」
「それで、異世界で核兵器を使うつもりなのですか?」
トンプソンは部屋のコーヒーメーカーでコーヒーを淹れながら、レベッカに尋ねた。
「長くなるが、聞くか?」
「はい! お願いします!」
トンプソンはコーヒーを二杯淹れ、マグカップをレベッカに渡しながら語り始めた。
「レベッカは、ウチの社員食堂にある漫画……『北斗の拳』を読んだ事があるか?」
ZONの社員食堂には、何故か日本の漫画『北斗の拳』が全巻並んでいた。レベッカも、途中までは読んだことがあった。
「はい。元斗皇拳あたりから意味不明になってきたので、最後までは読んでませんが、一応目は通してます」
「フフフ、元斗皇拳まで読めるなら大したものだ。普通ならラオウ編で読むのをやめるからな。……まあ、その『北斗の拳』の世界というのが、キッカケは核兵器という事になっているのは知ってるよな?」
「はい。冒頭のセリフで、199X年、地球は核の炎で包まれた……でしたっけ。……まさか、あれを異世界でも!?」
「さすがレベッカ、話が早い! ザックリ言うとそれだ。それじゃ、マーガレットに対するカリーナの態度が変だったのは覚えてるか? 敵意むき出しだっただろ?」
「はい、処刑したいようなことをずっと言ってましたね……」
「マーガレットの父親は、帝国の総督なのだ。我々の国とは、敵対国になっている。もうひとつ付け加えるなら……我が国は、今は滅んでいる」
「え? もしかして、帝国に滅ぼされたのですか?」
「それは違うのだが、そう思ってるゾーン団は多い。直近でゾーン団の国であるコナ国というのは、トカゲに滅ぼされ、その跡地を帝国が統治してるだけなのだが、この確執は九百年前から始まっている。それこそ、九百年前の異世界は『北斗の拳』の世界だったのだ。力こそが正義。そんな無法な世界が異世界だったのだよ。異世界はレベルとスキルが全てだ。帝国がどんなに軍隊を揃えても、たった一人の英雄に滅ぼされるのが力の世界。レベッカも、ダラス将軍の圧倒的な強さは見たはずだな?」
レベッカが頷いて、ダラス将軍のことを思い出していた。ある日突然、日本に現れて首都を壊滅状態にし、日本の首都を沖縄に変え、オーストラリアとニュージーランドを落とし、単騎で中国を滅ぼした。そんな英雄のいる世界では、力が正義というのもあながち間違ってはいないと、瞬時に理解できた。
「確かにそうですね。ダラスのような規格外な生物がいる世界では、軍隊も政治家も意味が無いですもんね……」
「たまたま俺たちが占領した江差という街で、俺らは『北斗の拳』という漫画本を見つけてしまった。まさに『北斗の拳』は、俺たちゾーン団から見ると聖書だったのだ。九百年前の理想郷が、核爆弾で蘇る。それを知ってからのゾーン団は、全員が努力した。最初の江差の占領時代は、たったの二十三人から始まった。ある者が操縦を覚え、ある者が射撃を覚え、徐々に地球に馴染んでいったのだ。俺もまた、スキル獲得に躍起になっていてな。パソコンを適当に触っていると、統御というスキルが派生した。統御を得てからは、ようやくパソコンが自由に使いこなせるようになった。そうなると、地球の裏側の事だって知ることが出来る。尚且つ、俺の統御には、バグや不具合を見極められる効果がある。これを使えば、上がる株も下がる株も一目でわかる。これにより、ゾーン団の資金源が一気に潤った。それに伴い、ゾーン団はもう奪わなくても良くなった。だから、アメリカに渡り会社を立ち上げた。そのうち誰かが核ミサイルを撃てるスキルが派生してくれると願って、俺たちは地球人のフリをして潜伏していたのだ」
「それで、異世界でも核ミサイルを使って、『北斗の拳』の世界に戻すと?」
「さあ? それは知らん。俺としては、もはやどちらでも良い。地球人生活をしてみてわかったが、俺には戦闘よりもスキルの研究の方が向いている。まさか、芋の詰め放題で無限収納が獲得出来るなど、誰も思いつかないだろ? 実際、無限収納を獲得できたのは俺だけだ」
「それなら、何故、社長は核ミサイルを異世界に?」
「レベッカは、俺が序列二十番目というのは知ってるな? つまり、俺より上の人間が、核兵器のことを知り、欲しがってるのだ。俺は命令に従ってるだけだ。核ミサイルを欲してるのは、ゾーン団の団長であるゾーンだ。第三十六代目のゾーンが、核ミサイルを欲しているのだ!」
初めて聞く事ばかりで、レベッカは呆気に取られていた。
「もしかして、そのゾーンって人がカリーナさんの?」
「兄だ。妹のカリーナでも、兄のゾーンには勝てない。おそらくは……ダラスよりも強い」
たった一人で中国を滅亡させ、核攻撃にも耐えたダラス将軍よりも強いと聞いて、レベッカは戸惑ってしまった。
「そ、そ、そんなに強いのに、核ミサイルが必要なんですか!?」
「当たり前だ。『北斗の拳』でも、ラオウがいくら強くても、ラオウを倒せる者が出てくるだろ? 異世界にも、ゾーンを殺せるやつは必ず産まれる。いや、もういるのかもしれない。強者は常に、そんなくだらない事で怯えているのだ。核ミサイルを手に入れたゾーンが使うのか、はたまたアメリカやロシアのようにハッタリとして持っておきたいのかは、俺にはわからん。ただ、核ミサイルを届けるだけで、序列がカリーナよりも上になるのはオイシイ話だろ?」
「はい! かなりオイシイと思います! それで、社長は核ミサイルを届けたあとは、こちら側へ戻ってくるのですか? それとも異世界に残るのですか?」
「それもわからん。それに関してはゾーンが決めることだが、俺としては地球に帰り、スキルの研究を続けたい。今回、マーガレットのおかげで、翻訳スキルの獲得方法もわかったからな」
地球に帰りたいと言うトンプソンの言葉は、今のレベッカには最高の希望の一言だった。自分の顔が、みるみる恋する乙女の顔になっていくのが、レベッカ本人にもわかった。
と、その瞬間。
突然、爆音が船内に響き渡った。すぐに激しいアラーム音と共に、館内放送がAlexaによって繰り返された。
『海水吸水口が損傷! 船内に浸水あり! 三十八分後に沈没します!』
トンプソンとレベッカが、顔を見合わせた。
(第104話へ続く)




