【第102話 上書きと修正】
この日もマーガレットは、Alexaと共に潜水艦のマザーコンピュータと格闘をしていた。
いや、格闘しているフリを、Alexaと共に演じていた。
「Alexa、11100101110110………(アレクサ、今日もよろしくね。そろそろセキュリティの方の上書きは出来てるかしら?)」
(ピコン!)
『ジージジジジッ、ジコジコジコ……(Lady、既に船のマザーコンピュータの制御は終わってます)』
「1001100100……(さすがね。それじゃ、今からサンダーバード作戦を始めても大丈夫かしら?)」
(ピコン!)
『ジージジジジ!(GET READY?)』
マーガレットはレベッカの顔を見て、ニコッと笑って言った。
「終わったわ。トンプソンを呼んでもらえる?」
レベッカが大喜びで内線でトンプソンを呼び出すと、すぐにやって来た。
「素晴らしい! ようやく核兵器を動かせるのか。Alexa! 私の網膜を覚えろ!」
トンプソンは網膜認証システムに瞳を近づけた。しかし、Alexaからは驚きの返事が返ってきた。
「マスター、残念ながら私にはその要望にはお答え出来ません」
トンプソンとレベッカは戸惑いながらマーガレットを見た。
先に声を出したのはレベッカだった。
「マーガレット! これはどういうこと!? ミスったの!?」
その問いには、Alexa本人が答えた。
「Missレベッカ。私はLadyマーガレットが艦内にいると、フリーズ状態をキープするようにセッティングされています。私を動かすには、Ladyマーガレットを外に出すことをオススメ致します」
レベッカとトンプソンがマーガレットを見ると、マーガレットは無言でドヤ顔を返した。
思わず掴みかかろうとしたレベッカを、トンプソンが遮る。
「待て、レベッカ。これも想定内だ。それに……レベッカよ、この俺のスキルの事を忘れてないか?」
それを聞いて、レベッカもハッとして怒りが急激に収まった。
「社長! 『統御』ですね! 流石です!」
マーガレットにはトンプソンのスキルのことは一切教えられていなかったので、統御と言われても、どんなスキルなのか全くわからなかった。
「マーガレットよ。コンピュータと会話できるのはお前だけだと思ったか? この俺もお前ほどではないが、似たようなスキルを持っていてな。統御……聞いただけでは想像もできんスキルだろう。いわゆるオペレーターというもので、物や事象の誤作動を正すスキルなのだよ。
つまり、マーガレットが、この俺にAlexaの上書きを指示させるために、わざとセキュリティを突破出来ないようフルスペックで動かしていなかった事に、俺は最初から気づいていたのさ。そして、あえてお前の策略に乗って、Alexaの上書きを命じてやった。まさか、まともにセキュリティを上書きして俺に渡すとは思ってなかったからな! だが、お前はまんまとこうしてAlexaを上書きしてくれたわけだ。ここまで高性能にしてくれて礼を言おう、マーガレット。……そして、お前のご自慢のAlexaを、よく見ておけ!」
そう言うと、トンプソンはオペレーターのスキルを使って、Alexaのバグを正し始めた。
「10101100101……」
マーガレットは真っ青になり呟いた。
「嘘……。そんな……」
(ピコン!)
「マスター。網膜をスキャンします」
無情にも、Alexaは網膜認証システムでトンプソンの網膜をスキャンしてしまった。
「うむ。これで全て終わった。マーガレット、感謝するぞ。この俺のオペレーターのスキルはバグは直せるが、上書きという事が出来なくてな。お前がいなかったら、この核兵器も宝の持ち腐れになるところだったよ! ワッハッハー!」
滅多に表情を崩さないニヒルなトンプソンが、珍しく大笑いして喜んでいた。
その隣で、レベッカもまた感激していた。
ただ、マーガレットだけが、暗く落ち込んでいた。
「さて、レベッカよ。ZONのカリーナへ連絡しておいてくれ。俺はこのままオーストラリアのゲートへ向かう。レベッカもデビットも、ここで降りろ。ここから先は異世界人だけ船内に残れ。無論、マーガレットには人質として異世界でも同行してもらうぞ。むしろ、マーガレットにはあちらでの盾役としての方が重要なのだ!」
ここで降ろされると聞いて、レベッカが唖然としてトンプソンへ詰め寄った。
「しゃ、社長? デビットが降りるのはわかりますが、何故、私も? 私は社長の秘書ですよ? 最後までお供させて下さい!」
トンプソンは冷酷に答えた。
「スキルの無いものは、異世界では足手まといだ。ここで降りろ」
トンプソンはそのまま、部屋から出ていってしまった。
後に残されたマーガレットとレベッカは、二人とも青ざめて無言で俯いていた。
◆
ZON本社では、トンプソンがゲートへ向かうとの連絡が入り、カリーナが飛び上がって喜んだ。
「モナ! なんだって!? もう一回聞かせてよ!」
モナも元気よく答える。
「はい、社長! たった今、原子力潜水艦から報告があり、実験成功。トンプソン以下、五名のゾーンの男がそのまま核兵器を持って、ロンドンアーチのゲートへ向かうそうです!」
「やっと殺せる! やっと殺せる!やっと殺せる!やっとなんだね、モナ! 今夜はパーティーでもしたい気分だよ!」
「そのようにセッティングしましょうか?」
「いや、それはダメ! 完全犯罪じゃなくなる。ここは普段通りに仕事しましょう。私の判断力スキルがそう言ってる! それじゃ、早速、例の殺し屋にオーストラリアへ行く前に買い出しを必ずするはずだから、その時に潜水艦へ細工してって頼んでよ!」
それを聞いて、ニヤリと笑ってモナが答えた。
「実は、既に細工は終えてるそうです。この数日、何度も港に停泊していたそうで、隙だらけだったので、潜水艦の海水の流入口に爆薬を仕掛け終えてるそうです。あとは、こちらからのゴーサイン待ちだそうです」
「最高じゃん! さすがプロ! それじゃ、モナが奴らの最後の買い出しの日程をきちんと殺し屋に伝えてね!」
モナは一礼して社長室から出ていき、潜水艦の予定を殺し屋へ送っていた。
◆
翌日。潜水艦では、買い出しを終えて出航の準備が整っていた。
「さあ、レベッカよ。隷属の魔道具を取ってやろう」
トンプソンがレベッカの首から、隷属のネックレスを外してあげた。
デビットの方は、昨日のうちに潜水艦を降りて、シアトル行きの飛行機に乗ってしまっていた。
しかし、レベッカだけは、未だに潜水艦の中にいた。外されたネックレスを名残惜しそうに見つめながら、トンプソンに懇願する。
「社長、せめてオーストラリアまで同行させて下さい。マーガレットの世話役も必要ですよね? ここからオーストラリアのゲートまでは二十日以上もかかるんですし……」
「うむ。そうだな。オーストラリアからは一人で帰ることになるが、それでもいいのか?」
「はい。どうせ社長が会社を辞めるなら、私も辞めようと思っていたので。少しの間だけ、オーストラリアを満喫させて頂きます」
そして、いよいよ原子力潜水艦は、オーストラリアを目指して出航した。
真っ青なマーガレットには、ひとつだけ腑に落ちないことがあった。
(どういう事? せっかく核兵器を使えるようになったのに、異世界へ帰る? 何故? ロンドンアーチのゲートは、潜水艦が通れるほど大きくなかったはず……。どうやって、核兵器を異世界へ持ち込む気なの?)
まさか、トンプソンが異世界に核兵器を持ち込むとは思ってもみなかったマーガレットは、作戦を失敗したことを、静かに後悔し始めていた。
◆
岸では、殺し屋が潜水艦の門出を見送りながら、爆薬の起爆スイッチを押した。潜水艦に仕掛けられた爆薬のタイマーがカウントを始めた。
そして、すぐさまモナへメールで報告をする。
『出航を確認。今から三時間後に、太平洋にて撃沈予定』
殺し屋はひと仕事を終えると、悠々とサンフランシスコの街に消えていった。
(第103話へ続く)




