【第101話 寿司と釣り船】
Alexaとマーガレットは、三日間もセキュリティへの侵入で手こずっていた。
四日目の朝、マーガレットが明らかに動揺していたので、レベッカが不審に思って声をかけた。
「ん? どうしたの? お腹でもすいたの? 何か用意しようか?」
「あ、いえ、違うのよ。……翻訳スキルのレベルが上がりました」
レベッカは椅子から立ち上がり、興奮気味に詰め寄った。
「ほんと!? 早くセキュリティにAlexaをつないでよ!」
「うん、やってみます。ふぅ〜〜。……Alexa! 100110111……」
すると、今までとは明らかに違うデジタル音がした。
(ピコン!)
「船のセキュリティとリンクしました。マーガレット、次の指示をお願いします。寒くはないですか? エアコンの温度を上げましょうか?」
マーガレットは微笑みながら答える。
「Alexa。気温は快適よ。エアコンよりも、館内放送でサンダーバードのテーマ曲を全員に聴かせてあげて!」
すると、潜水艦内にサンダーバードのテーマ曲が小気味よく流れ出した。
音楽を聴いてすぐに、トンプソンがやって来た。
「よくやった、レベッカ、マーガレット。ここからが本番だ。セキュリティシステムを全て上書きして、俺の網膜だけに反応するようにしてくれ」
マーガレットは再びAlexaに向かって指示を出してみた。
「Alexa。011101000……」
すぐにマーガレットがAlexaに指示を出したが、Alexaは再び出来損ないに戻ってしまった。
「ごめんなさい。セキュリティの上書きには、私は力量不足です」
「やっぱりね……」
マーガレットは最初からわかっていたかのように呟いた。それを聞いたレベッカが、本気で怒ってマーガレットに詰め寄る。
「マーガレット! 最初からAlexaでは出来ないことを知ってたのね! このペテン師!!!」
しかし、トンプソンがレベッカを宥めた。
「待て、レベッカ。それも俺の想定内だ。マーガレット、それならAlexaの方を上書きしろ。お前のスキルなら必ず出来る。Alexaのくだらない音楽機能などをオミットして、セキュリティの上書き用に全スペックを回せ」
マーガレットはそれを言われるのも想定内だったのか、すぐにAlexaの上書きに取り掛かった。
「Alexa、11100101………」
艦内の音楽がピタリと止まった。マーガレットは引き続き、ひたすら上書きを続けている。
「110100001………」
その様子を見て、トンプソンがレベッカに語りかけた。
「レベッカ、機嫌を直せ。心配するな。前にも言ったが、スキルは低レベルのうちはゴミスキルなものも多いのだ。気長に待て」
「は、はい。失礼しました……」
とはいえ、レベッカとしては、マーガレットから聞いた異世界の賞金稼ぎのことが気になっていた。今や誰よりも、核兵器に対してこだわっているのは自分だという自覚もあった。
やがて、マーガレットがAlexaの上書きを終えた。
「出来ました。それでは、セキュリティの上書きをやってみます」
早速取り掛かろうとするマーガレットを、トンプソンが制した。
「マーガレット、レベルが上がったのだな?」
「はい。先程……」
「よし。先に街のATMへ行って、カード無しでウチの会社の口座から金をおろしてこい。レベッカ、ATMまで案内してやれ」
あまりに不思議な指示に、レベッカも困惑した。普段はイエスマンの彼女が、珍しく社長へ疑問をぶつける。
「あの、社長? 今はそんな事をやってる場合じゃないかと」
「いや、これでいいのだ。スキルのレベルというのは、全く同じ事を繰り返しても無意味だ。新たな経験こそが、レベルアップのきっかけとなる。地球では反復練習などと言って同じ事を何度も繰り返すだろう? 異世界ではそれが悪手なのだ。ことスキルに関しては顕著でな。このままマーガレットにAlexaやセキュリティの上書きばかりさせても、成長できんのだ」
それを聞いて、レベッカもマーガレットも納得してしまった。マーガレットに至っては、ワタルのエピソードで似たような話を聞いていたことを、今更ながら思い出していた。
(そういえばワタルも、剣の修行中に雨森さんから毎日、違う課題をやらされたって言ってたっけ……)
こうして二人は、買い出しを兼ねて街のATMで、カード無しでお金をおろせるかの実験を行うことになった。
◆
マーガレットはATMのテンキーを、0と1だけを使って上書き改ざんしていく。すると、カードも入れていないのに、画面には見事に[引き出し][振込み][残高確認]の項目が表示された。
「やった! レベッカさん、出来ました! 口座番号はZONのものと合ってますか?」
レベッカが画面の口座番号を確認する。間違いなく会社名義の口座だった。トンプソンへの報告用に、スマホで画面を撮っておいた。
「凄いじゃない! このスキルさえあれば、一生お金には困らないわね。……って、マーガレットは元々お金持ちだったっけ」
「はい! 我が家にはお金は腐るほどありますよ。うふふ」
レベッカもつられて笑ってしまった。
「ねえ、マーガレット。全部終わったら、寿司でも奢ってよ」
マーガレットは、レベッカからそんな言葉が出るとは思っていなかったので、ほんの少しだけ驚いた。
「あら? レベッカは仕事命って訳じゃないのね。ZONって大型連休なんてあるの? 私は普段、北海道の上ノ国っていう田舎町に住んでるのよ? シアトルから上ノ国に来るだけでも大変だわ」
「わかってるわよ。私も今の社長がZONを辞めた時点で辞めるつもり。だから、核兵器の件が終わったら北海道に必ず行く。そしてアナタから寿司を奢ってもらう。これは決定事項よ、マーガレット」
「うふふ、喜んでOKよ。上ノ国は釣りの聖地って言われてるくらい魚が美味しいの。いいお寿司屋さんに連れて行ってあげる。……さあ、それよりいくらおろすのよ。アナタの会社の口座なんだから、私が勝手に金額を決められないわ」
レベッカはニヤリと笑って答える。
「一万ドル! そのお金で今日のランチは高級フレンチにしましょう。マーガレットはワインは飲めるの?」
「もちろん。地球のワインは大好きよ。特にシャンパンが好きなの」
二人は一万ドルをおろし、地元でも有名なフレンチレストランへと歩き出した。
その後を、つかず離れず一人のプロの殺し屋が着いていった。
結局この日も、クロガネとレフトとネーラは、マーガレットと会うことは出来なかった。
◆
その頃、サンフランシスコの日本大使館のヘリポートには、漆黒のベル222が着陸をしていた。出迎えた来翔が手を挙げると、中から降りてきたワタルと挨拶を交わした。
「早かったですね! さすがエアウルフ」
「来翔さん! 本当にこの街にマーガレットがいたんですね! 生きていて良かった……」
ワタル班は、レフトがマーガレットと遭遇したという情報を受けて、シアトルからサンフランシスコまで飛んできたのだった。マーガレット捜索隊がこの街で合流したことで、ようやくゾーン団と戦う準備が整いつつあった。
「来翔さん、もう目星はついてるんですね?」
「はい! ここ一ヶ月間、貸切になっている港が三箇所あります。そのうちの一箇所だけが、貸切なのに船が一隻も停泊してないんです。つまり、そこには潜水艦が停泊しているんだと思います! あとはその潜水艦がいつ、どれくらいの時間停泊してるのかさえわかれば、いつでも行動を開始できます!」
ワタルはいてもたってもいられなかった。相手が潜水艦ではどうすることも出来ず、ここ数日、実はかなりイライラが溜まっていた。
そんなワタルの様子を見て、来翔が声をかける。
「ワタルさん、せっかくサンフランシスコに来たんですから、釣り船の予約を取っておきましたよ! 明日の早朝に出航なので、今夜は早く寝ましょう!」
あまりにものんきな発言に、さすがのワタルもイライラが増した。それでも来翔の顔を見ると、ふざけているようには見えなかったので、少しだけ冷静になって尋ねてみた。
「来翔さん……まさか、釣り船って事は……」
「はい! ソナーです!」
ワタルはようやく来翔の目的を理解し、ここ数日間のイライラが、すっと解消されていくのを感じた。
(第101話へ続く)




