第9話 契約履行の監査
壊された玄関ドア。
その上に立って、二体の悪魔はあいさつした。
「コンプライアンス部監査チーム ノリマキと申します」
「同じく、ゼットセダイです」
コンプライアンス部、監査チーム?
OJTで習った。確か……
主に、契約内容や条文の監査をする部署だ……
ゼットセダイと名のった若手が、続けた。
「我々、二人合わせて、その名も……」
「いや、わたしたち、そういうの無いでしょ」
まさかの、ボケとツッコミ。
「コンプライアンス部、監査チーム連中が、何の用だ」
「おや、おわかりですよね。オクト君。そして、チルさん」
「!」
な、名前を知っている。
思わず、わたしは部長の後ろに隠れた。
「名前くらいで驚くことはないでしょう。君をはじめとする、悪魔の個体情報は、我々監査チームでおおよそ把握済みです」
「ほんとですか?」
「羽の形、尻尾の先の形、角や耳の形まで……」
「じゃあ、オクト部長の好きな物とかも、わかるんですか?」
「……そーれーはー、ちょっとおじさんわかんないかなー。ごめんねー」
子ども扱いされた。
屈辱だ。
ノリマキはゴホンとひとつ、咳をした。
「本題に入りましょう」
彼らは、土足のまま、部屋の中を歩きはじめた。
「先日、妙な契約が成立しました。締結させたのはオクト君、契約者はチルさん、あなたですね。まず確認します。この契約は本当に意図したものですか?」
ゼットセダイが後を続けた。
「新人が誤って作成した可能性があります」
「えっと、それは……」
「重要文書の誤りは、減給の対象です」
オクト部長が、一歩前に出た。
「いや、誤りではない」
強く出た部長に、ノリマキは薄笑いした。
「通常、契約は人間と結ぶものです。悪魔同士の契約は極めて稀」
ゼットセダイはタッチパネルを出して、データを確認した。
「友達契約はデータベースに前例がありません」
ノリマキは、歩きながら部長の後ろに回った。
「オクト君。あなたは部長です。新人と契約を結ぶ合理性は?」
ゼットセダイは、タッチパネルをスクロールした。
「上司と部下の同居。これは公私混同の可能性があります。つまりこれは……」
ノリマキは、部長の背中で囁いた。
「友達契約ではなく、上司による囲い込みでは?」
「違います!」
気が付いたら、わたしは叫んでいた。
「では、オクト君。説明をお願いします」
……少し沈黙。
「新人の教育責任は部長にある。契約は事故だ」
「オクト君、正直者でよろしいですねー」
「褒めていただきありがとう。だが、契約者の願いは履行する」
「間違いと認めたのに?」
「履行すれば、事故では無くなる。既成事実だ。問題ない」
ゼットセダイは反論した。
「合理性がありません」
オクト部長は、メガネをくいっと上げた。
「俺は合理性だけで契約しない。契約成立なら、それを遵守する。それだけだ」
すると、コンプライアンス部が履行状況を確認しはじめた。
ゼットセダイが、タッチパネルである画面を出す。
「履行履歴」
・スーパー
・警察
・公園
・滑り台
ノリマキはその履歴を見ていた。
「……」
オクト部長も
「……」
わたしも
「……」
ノリマキが聞いた。
「これは、……友達活動ですか?」
タルト先輩が、ここで弁護に入った。
「えっと……あれー? 僕までよく写っているねー。すごいっすねー。これは、間違いなく友達活動です」
ノリマキは、タルト先輩の方をにらんだ。
「そういえば、君。タルト君だね? 契約者が心を入れ替えて、どんどん善の方向に向かっていると、報告がありました。悪魔として、忌々しき事態です」
「ああ、あの社畜ね。なんだか断捨離したら、スッキリしちゃったみたいで……」
オクト部長が小声で聞いた。
「チルと同行した案件か?」
「はい」
ノリマキはため息をついた。
「困ったね。オクト君といい、タルト君といい……。本来なら魔界へ送還するレベル」
「それで、誰が困っていると? 勝手にそっちが困っているだけだろ。用件が済んだのなら……」
「おっと、そう言う解釈は、新人教育上好ましくありません。チルさん、こちらの方へ来てもらいます。お話を伺って、……それからでしょう」
「ど、どうしましょう、オクト部長……助けて!」
部長は黙って目を閉じ……
そして、ゆっくり開けた。
「לך הביתה(帰れ)」
気が付くと、コンプライアンス部の二人は消えていた。
わたしは、信じられないものを見てしまった。
タルト先輩は、いつも通りだ。
「部長、もっと早く、呪文使ってよ~!」
「お前も、契約者のフォローしていたのか? 心当たりがあるから、俺の家に逃げて来てたんだろう」
「違いますよ~。チルちゃんが心配で付いてきたんですよ~」
わたしは、ひょっとして……と思い、窓の外を見た。
ノリマキとゼットセダイは、マンションの外にいる。
「はっ」
「追い出されちゃいましたね。ノリマキさん」
「そういえば、彼、クラシックタイプだっけ……」
わたしには、彼らの会話が手に取るように聞こえた。




