第8話 コンプライアンス部
オクト部長がキッチンに立って料理している。
「部長、手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だ、タルト。ここは俺の聖地だ。誰にも邪魔されたくない」
タルト先輩の好意を、最初っから邪魔と決めつける部長。
夕食の準備すらストイックだ。
「そうですか。じゃ、チルちゃーん、遊ぼうよ」
「いいんですかね……」
「何して遊ぶ?」
「昨日からわたし、トースト焼いただけで、何もしてないんですが……」
「だって、部長の聖地だって言うし……」
確かにそうかもしれない。
でも、これから同居しても、ずっと聖地のままでいいのだろうか。
「部長って、主夫力高いですね。羨ましい。わたし、憧れます」
「え?」
部長の手から、ジャガイモが転がった。
コロコロ……
「チル……、上司をからかうんじゃない」
オクト部長は、動揺した?
ジャガイモを拾って、水洗いしている背中……。
わたしは、タルト先輩に小声で聞いた。
「会社で、こんな背中……、部長、見せたことありますか?」
「ない、ない。かわいいーねー。あれ、絶対、照れているやつ」
オクト部長は、振り向き、ギロリとにらんだ。
恐っ! これ、怒られるパターンだ。
部長はエプロンで手を拭きながら、こっちに来た。
「……憧れるのなら、教えてやってもいい。料理と仕事は同じだ。T・T・P! 徹底的にパクれ!」
「はい!」
そこから、二人で料理をした。
「今日の目標! 豚汁だ」
「え?! いきなりハードル高くないですか?」
「僕は横で見てるねー。チルちゃん、頑張ってー」
「チル、不安か?」
「いきなり、旅立ちの地から、レベル10のモンスターが現れた気分です」
「どういうゲームだ? 大丈夫、今日の買い物で、半分調理済みの野菜を買って来てある。時短だ」
「部長……、買い物から既に戦いは始まっていたんですね」
「それに、豚汁を覚えれば、その応用でカレーを作ることが可能だ」
「おお……! ちゃんとスキルアップまで考えられている」
「ではまず、ニンジンを5ミリくらいの厚さに切ってみろ」
「5ミリ……」
わたしは、タルト先輩に目で助けを求めた。
タルト先輩は、わたしの後ろに立ってそっと定規を渡してくれた。
「言っておくが……定規は使わなくていい。タルトも余計なことをするな」
「すみません」
「すみませーん」
部長の指示に従って、なんとか煮るところまでクリアした。
「さすがですね、部長」
「タルト先輩もそう思います? わたしも思います。
さすが慣れてらっしゃいますよね。こんなに料理ができるなら、女性にモテるんじゃないですか?」
「……料理上手だからって、イコール、モテるとは限らない」
「すみません。なにか悲しい思い出に触れちゃいました」
横でタルト先輩が笑いをこらえている。
「僕が言ったのは、教え方が上手でさすがですね、だよー」
「ありゃりゃ……」
すると、突然、タルト先輩の顔色が変わった。
「やっば……。近くに悪魔の匂いがします。部長」
「何?」
「二体、こっちにむかっています……。これ、さっきのメール差出人では……」
「ついに来たか」
わたしは、部長たちが緊張している意味がわからない。
「来たか、って誰ですか? 何しに誰が来るんですか?」
「たぶん、コンプライアンス部だ」
「あら、同じ会社の悪魔がくるんですね。じゃあ、おもてなししなくっちゃ」
「あいかわらず、呑気なやつめ」
「チルちゃんの、その強さがうらやましいよ~」
「おそらく契約の件だ。ひとまず落ち着いて堂々としていよう。大丈夫だ」
わたしは、コクリとうなずいた。
「部長、僕もここにいていいのでしょうか。かえって変じゃありません?」
「さぁな……、お前にやましいところがなかったら、大丈夫だろ」
ピンポーン
部屋に緊張が走った。
シーン……
どかっ!!
玄関ドアが足蹴りされて壊れた。
倒されたドアの外。
黒いスーツの悪魔が、二体現れた。
ひとりは髪を七三に分けたベテラン風。
もうひとりは、わたしと同じくらいの若い悪魔だ。
ベテラン風の悪魔が呆れている。
「ゼットセダイくん、開錠くらい、悪魔の力を使いなよ」
「ああ……、忘れてました」
なんだ、こいつら、いきなり部長の家の玄関を壊しといて、反省する色も無い。
わたしは言ってやった。
「ここ、賃貸ですがっ!」




