第76話 青の洞窟
ちゃぷん。
ボートが波に揺れた。
青い海。
白いドレス。
そして――わたしの花婿さん、オクト部長。
夢みたいだと思った。
だって、教会で結婚式なんて、悪魔のわたしたちには無理だと知ったから。
「チル、フォトウエディングならありだぞ」
オクト部長の言葉に甘えて、南の島にやってきた。
真っ白なウェディングドレスに身を包み、白バラのブーケを持ってドキドキしながら、わたしは立っていた。
すると、オクト部長はボートを漕いできた。
「乗れ」
「はい?」
カメラマンはどこにいるんだろう。
とりあえず、言われた通りにボートに乗り込むと、揺れた。
「きゃっ」
オクト部長の大きな腕がわたしを支える。
「あ、ありがとうございます」
恥ずかしくて、すぐ離れる。
「日差しが……きつくないか?」
「大丈夫です」
「あまり紫外線を浴びない方がいいぞ。この先に洞窟があるから、ちょっとそこで日差しを避けよう」
「大丈夫ですよ、わたしは」
「いいからっ! 紫外線は肌に悪い。老化が進む。特に俺は嫌なんだ」
「あ、そういうこと。アンチエイジングを気にするんですね。クラシックタイプなのに」
しばらく行くと、洞窟が見えて来た。
「洞窟への入り口は、ちょっと狭いからな。頭をぶつけないように低くかがむんだ」
「はい」
「いいか、俺がいいと言うまで、絶対に頭を上げるなよ」
うわー、こんな危険なことまでしなくていいのに。
わたしは砂浜で記念写真を撮ってもらえば、それでじゅうぶんなのに。
オクト部長って、何事もストイックに極めないと気が済まないタイプだ。
すると、波の音がわずかに変わった。
ザザーと岩場に波が打ち付ける音と、
ちゃぷん、ちゃぷん、という音が身近に聞こえる。
「おい、頭を上げていいぞ」
部長の声が、若干響いて聞こえる。
頭を上げて周囲を見ると……、
入口からは想像できないほど洞窟の中は広かった。
太陽光が海水に反射し、洞窟内が神秘的なターコイズブルーに光り輝いていた。
洞窟の岩肌にも光が反射して、まるで内側から青い光に照らされているかのようだ。
「うわぁ……青の洞窟だぁ」
「あの奥に白い岩場がある。そこに降りよう」
オクト部長は、白い岩場にボートを停めると、わたしの手をとってボートから降ろしてくれた。
わたしのウェディングドレスの裾は、ターコイズブルーの海面ぎりぎりだった。
オクト部長は、黒のタキシード。
「部長……」
「なんだ」
「ここ、本当に人間界なんですよね?」
「ああ」
「なんだか……魔界との境目みたい」
オクト部長は、小さく笑った。
「すごいな、お前。それ、近いな。ほぼ当たりだ」
「え? 当たりなんだ。部長とこんな神秘的な空間に一緒にいるなんて……」
「どうした」
「ほんと、巡り合えてなかったら、ここに来れなかった。ここに来るまで、いっぱい怒られたし、泣いたし、たくさん笑いました」
わたしとオクト部長は、互いに向き合った。
「わたし、毎日、すごく楽しいです」
「おい、ここでエンディングじゃないぞ。ここから始まるんだぞ」
「あははー、そうですよねー」
オクト部長は、わたしの手を握った。
「ど、どうしたんですか?」
「なんか、洞窟って寒くないか?」
「え? さっきは紫外線から避けようって言ったくせに」
「指が冷たいぞ。温めてやる」
「ええー、なにそれ。嬉しい。でも部長って冷血で……」
わたしは、気づいた。
部長の手がわたしの手を包み込んで……
あ、指に指輪がはめてある!
しかも、それはわたしが雑誌でチェックしていた欲しかったデザイン。
「え、……これ……、前に見てたやつ」
「そうか? 偶然だな」
「部長、覚えてたんですか?」
「偶然だ」
絶対、嘘。
「チル」
「はい」
「これから先も、俺の隣にいろ」
……。
「……必ず幸せにする」
オクト部長の目が優しい。
真剣だけど、すごく優しい。
わたしも、想いを伝えたい。
「わたし、何も出来なくて、すぐ弱音を吐いたり甘えたりしちゃうけど……、でも、ひとつだけ自信があって……」
オクト部長は、わたしのこぼれる涙を指先で拭った。
「部長が好き。これだけは誰にも負けません。だから、……わたしを選んでくれてありがとう」
オクト部長は、ハッとしたような顔をした。
「では、もう一個の指輪は、チルが俺にはめてくれるかな」
「はい!」
力強い返事が、洞窟の中で反響した。
わたしがオクト部長に指輪をはめていると、
まるで待っていたかのように、コバルトブルーの海の底から礼服姿の紳士が現れた。
「うわっ! 本部長?」
「……タイミングは、これでよかったかな?」
オクト部長は、わたしから目をそらした。
「本部長、チルは勘が鋭くて、魔界との境界ってバレそうでしたよ……。焦った」
「オクト部長、知ってた……?」
本部長は、簡単な祭壇を悪魔の力で出した。
「さて、オクトくん、チルさん、正式に婚姻届けは受理され、試用期間は終わったよ。今から婚姻契約だ」
オクト部長はわたしを見つめて言った。
「チル、手を出せ」
「手? 何?」
「いいから、早く」
わたしがそっと手を前に出すと、オクト部長はそっと握った。
本部長はそこに大きな手をかざした。
「両者の意思を確認した。オクトくん、チルさんの婚姻契約を承認します」
聖歌もオルガンもない。
波の音がBGMだった。
本部長はかざした手を降ろすと、微笑んだ。
「幸せになりなさい」
「ありがとうございます。本部長」
「うん、お腹すいちゃったね。あんパン食べる?」
海の中からどうやって持ってきたの?!
すると、洞窟の奥の方から会社のみんなが、わーーーっと現れた。
「え? 二人きりじゃなかったの? 部長、知ってました?」
「おおよそ……」
タルト先輩が真っ先に走って来た。
「うわぁぁぁ!!」
その後ろには、ゼットセダイだ。
「撮れ高きたーーー!」
「おい、ゼットセダイ。それは僕のセリフ」
「ちっ、なんだよ、ケチ」
若手の二人をたしなめるノリマキ。
「喧嘩はよしなさい。せっかく基準値クリアしためでたい席なんだから」
「普通、おめでたい席で基準値なんて言葉、使わないです」
先輩魔女たちが、ノリマキにツッコミを入れた。
なんだかんだ言いながら、みんなお祝いに駆けつけてくれたんだ。
「嬉しいです。みなさん、ありがとうございます」
洞窟の外へ向かって、みんなは歓声を上げながら飛び出した。
ひゃっほー!
海で泳いだり、空を飛んだりして、わたしたちを祝福してくれている。
空を飛んでいるタルト先輩を見あげて、わたしはつぶやいた。
「部長……、コウモリ型悪魔なんですよね。わたしたち空飛べたじゃないですか」
「それが何か」
「ボートって……、部長、わざわざ大変じゃないですか?」
「バーカ。花嫁を連れて青の洞窟に行くのは、ボートしかないだろ」
ははーん。
しっかり、準備していたんだ。
「ところで、わたしの指のサイズって、どうしてわかったんですか?」
「それは、……極秘事項だ」
「えええーー!」
それはまた別のお話。
まだ続くのかって?
だって部長が、これで最終回じゃないから、できるだけ引っ張れって……。
あ、裏話言っちゃった。
ま、いっか。




