第71話 ホワイトデー提案書
悪魔契約コーポレーション営業部は朝から慌ただしかった。
今日は、管理職会議だ。
チルたち女子社員も、大会議室に資料を運んだり、ペットボトルのお茶を運んだりで忙しい。
会議が始まった。
しばらくしてから、先輩魔女に話しかけられた。
「チルさん、悪いんだけど、追加資料があるの。急いでコピーして大会議室に持っていってくれる?」
「はい、わかりました」
「会議中だから、出入りは静かにね」
「はい」
わたしは、追加資料をコピーして、大会議室に入った。
机の端の人たちに数部ずつ渡せば早い。
ほわぁー! オクト部長が発言している。
わたしの婚約者は、超絶にかっこいい!
つい、手を止めて見惚れてしまった。
「あの、資料くれますか?」
「あ、はい、……すみません」
オクト部長のプレゼンを見て、わたしのハートはわしづかみにされた。
ドキドキしながら、オフィスに戻った。
すると、先輩魔女たちが恋バナに花を咲かせていた。
「今日はホワイトデーね~」
「うちの彼、去年アクセくれたのよ」
「3倍返しって言うじゃない?」
わたしは、きょとんとした。
「あら、チルさんお疲れー。チルさんは、オクト部長からもらった?」
「何ですか? ホワイト……デー?」
「やだ、知らないの? そっか、人間界はじめてだもんね」
そこでホワイトデーの意味を教えてもらった。
初めて知った。
ホワイトデーというものがあるのか。
しばらくすると、タルト先輩が外回りから帰って来た。
先輩魔女たちが、タルト先輩のまわりに集まった。
「あら、おかえりなさい、タルトくん」
「はい、ただいまです」
「ね……、タルトくん、何か忘れてない?」
詰め寄る、先輩魔女たち。
「あ、ああ、お疲れ様でーす! 挨拶忘れてましたぁー」
「……じゃなくて」
「えっと……何?」
「あなたに義理チョコ渡したでしょ!」
「え? うちの会社バレンタイン禁止ですよ。あれは、ただのおやつの配布かと……」
「お菓子でも、チョコだったでしょ! 義理だけど」
「麦チョコだったすよー! えーーん、チルちゃん、笑ってないで助けてよー」
「知りません」
「なに? 怒ってるの? チルちゃん、どうしたの」
「知らないったら!」
わたしは、オフィスを飛び出した。
飛び出したところで、行く宛はない。
ひとり給湯室にこもって、意味もなくお湯を沸かしていた。
オクト部長がホワイトデーを知らないはずがない。
なのに、朝からずっとスルーされていた。
大事な会議のことで、頭がいっぱいだったのかもしれない。
でも、でも……一言でいいから言ってほしかった。
昼。
会議はまだ終わらない。
夕方になっても、まだ終わらない。
先輩魔女たちが煽ってくる。
「オクト部長、忘れてるんじゃない?」
「男ってそういうとこあるのよね」
タルト先輩は、一生懸命フォローしてくれる。
「僕はそういうとこあるけどさ……、オクト部長に限ってそれはないよー」
優しい言葉って、こういうとき残酷なものだ。
わたしは、よけいに悲しくなった。
夜。
女子社員たちは片付けのために、大会議室の前で待機していた。
やっと会議が終わった。
ぞろぞろ管理職が出てくる。
みんな疲れ顔だ。
本部長は、お腹が空いたのか、あんパンを食べながら出て来た。
「お腹すいちゃった。営業部の終礼、わたしがやるね。はーい、みんなオフィスに戻って」
「あの、片付けは……?」
オクト部長が最後に出てきた。
「ああー、本部長すみません。ちょっと会議室借りますね」
「うん、いいよー。おっと、チルちゃんはここに残ってね」
え、わたし一人で片づけ?
何の罰?
会議で何かやらかしたか。
あれか、追加資料を配る時に手が止まった。
それとも、資料に誤字脱字?
あ、お茶の数が足りなかった?
オクト部長は、いつもの恐い顔で言った。
「チル、来い」
こ、この様子は……
怒られる確率、急上昇中。
大会議室に入った。
ドアを閉める音。
「今日は、お疲れだった」
「はい……」
「チル、ホワイトデーのお返しを用意した」
きゃっ! やっぱり!
わたしの婚約者は、忘れていなかった。
わたしは嬉しさを隠しきれなかった。
「はい、どうぞ」
わたしは、わくわくしながら両手を差し出して、目を閉じた。
(待っているんですが……、まだかな……)
やがて、手のひらに紙の感触がした。
ん?
わたしは、目を開けた。
資料??!!
資料のタイトルを読むと……
【ホワイトデー返礼提案書 ――― 作成:オクト】
「え?」
わたしは目を疑った。
「バレンタインデーに対する返礼についてだ。注目!」
オクト部長のプレゼンが開始した。
「まずは、市場価格に合わせた標準プランだ」
パチン、とリモコンを押すと画面が切り替わった。
「第一案 高級クッキー詰め合わせ 3,000円」
わたしは資料に目を通しながら、戸惑った。
「え、普通に嬉しいです」
「だが、それでは足りん気がした」
次の提案に移った。
「次、第二案 ブランド時計。15万円。これは、社会人として実用性がある」
「えええ?! 高いです! 却下します!」
次の提案。
「ならば、第三案 高級車。1500万円。どうだ、これなら営業先への移動効率も上がる」
「要りません!」
次は何だろう。
「第四案 タワーマンション。1億2千万円。職場から徒歩圏内の優良物件だ
」
「いつ不動産屋になったんですか? 部長!」
まだ次がある。
「第五案 無人島。価格:応相談だ。これは、いいぞ。二人きりになれる」
「だから、悪徳不動産?! スケールおかしいです!」
しかし、オクト部長は諦めなかった。
「無人島がダメならこれならどうだ! 第六案 金塊。これは時価……、資産価値として最も安定している」
「価格が右肩上がり! もうやめてぇーー!」
わたしは涙目でオクト部長を止めた。
すると、オクト部長は真顔で悩んでしまった。
「なぜだ。なぜ気に入らん?」
「うわーん、ホワイトデーのお返しの質を極めようとしないでーーー! 怖いですぅーー」
わたしは怖くて泣き出した。
そんなわたしにオクト部長はうろたえ、そして、反省した。
「すまん……。つい、癖で……」
「癖?」
「どうしても、初回のクオリティを越えようとしてしまう」
ストイックすぎだ。
そして、オクト部長は、悔しがった。
「くっ……怯えさせてしまったか……。お前を喜ばせられないのでは、プレゼントの意味を成さんな」
「あ、いや、違います。怖いけど、嬉しいですよ。怖いけど……」
「じゃあ何が欲しいのか、教えてくれ」
わたしは赤面した。
「えっと、……こうして、今も、これからも一緒にいられるだけで、充分プレゼントです」
沈黙。
オクト部長の動きは停止した。
処理落ち?
オクト部長は、じっとわたしを見つめた。
そして、しみじみと
「俺は贅沢だな」
数秒後……
オクト部長は、机の下から小箱を出して、目の前に置いた。
「……最初から、ある」
「え?」
「実は……最初から用意してた。手作りクッキーだが」
ちょっと焦げてる。
「試作品だ。これではお前の満足度を満たせないかと……」
かわいい……、オクト部長の少年のような目。
そして最後に。
「あと、これは別件だ」
そういって、おでこにキスしてくれた。
「部長、会社ですよ」
「誰も見ていない」
オクト部長にハグされて、ふと奥の机を見た。
すると、小さいフクロウのぬいぐるみが置いてあった。
コンプライアンス部の盗聴器だ。
あいつら、また盗聴してる。
……ま、いっか。
どうせ、本部長からの命令でしょ。
もう少し、このままでいたい。
今は知らんぷりしておこう……
オクト部長に教えない方がいいことも……ある。




