第67話 魔界に年越しは無い
魔界には、盆も正月もない。
悪魔契約コーポレーションが休みになるのは、クリスマスと復活祭だけだ。
(キリストの言葉で体調不良を起こす者が多いから)
しかし、営業部だけは人間界にあるので、人間の行事に合わせて営業しなければならない。
キリストの言葉を浴びようとも、這ってでも出社を余儀なくされる。
しかも、業務は大晦日ギリギリまであるというブラック企業顔負けの就業時間。
12月30日。
大掃除が終わって、終礼も終わった。
社員たちは「よいお年を~」と言いあいながら、退社していった。
人が少なくなった。
わたしは、周りの目を気にしながら、プライベートなことをオクト部長に聞いてみた。
「オクト部長? あの……年越しそば、一緒に食べられますか?」
「……微妙だな。今週中に片づける案件がある」
「そう……ですか」
わたしは、しょんぼりして肩を落とし帰り支度を始めた。
少しだけ、オクト部長の視線を感じながら……。
すると、タルト先輩が、明るい声で部長を煽った。
「部長~、婚約して最初の年越しなのに仕事っすか~?」
「別に年越しって、今年だけじゃない。来年もある。それとも……タルト? お前が代わりにこの案件をやるか?」
「じょ、冗談すよ~。どうせ部長の代わりをするなら、チルちゃんの相手役のほうで……えへへ」
「……!」
あれ? 普段ならここでタルト先輩を叱るのに……、部長、無反応か?
「そうだな。考えとく……」
タルト先輩の顔が、サーッと青ざめた。
あれは、本気の“考えとく”だ。
「いいえ、部長! 冗談だってば! やめてくださいよ。チルちゃんが可哀そう」
「そうだ、タルト……ちょっと残ってくれるか? 話したいことがある。チル、お前は先に帰れ」
「……はい」
(何なの?)
家に帰って、晩御飯を作った。
考えてみれば、オクト部長はクラシックタイプの悪魔だから、食事をしなくてもいい。
普段は、ビールのつまみ程度のものしか食べない。
あとは、悪魔の総合栄養食の真っ黒い歯磨き粉みたいなチューブを吸って済ます。
そもそも、年越しそばという概念が無い。
あの、話題はミスったな。
すると、携帯電話が鳴った。
部長かと思って、パタパタと充電中のスマホまで走った。
画面を確認。
なんだ、アカネさんだ。
「はい、チルです」
―「何よぉ、そのテンション。わたしが電話しちゃ悪い? テンション、ダダ下がりの声じゃない?」
「いいえ、そんなことは……」
―「いいニュースよ。あなたの企画したファングッズが大評判よ」
「本当ですか?」
―「もちろんよ。Yoshiel & The Fallenの大晦日カウントダウンライブ、来るでしょ?」
「うわぁ! 行きたいです! あ、……でも、部長は仕事が……」
―「オクトが仕事ですって? 何、ふざけたこと言ってるの? とにかくチケットは取ってあるから、最前列の関係者席ね」
「プレミアム・シート……」
―「ファンクラブ・グッズがどう使われているかも、確認したいでしょ? 企画の結果を最終確認するまでが、あなたの仕事よ! いいわね!」
「はい……、善処します」
アカネさんからの電話は切れた。
行きたい。
Yoshiel & The Fallenの大晦日カウントダウンライブ。
その夜、遅く帰って来た部長。
シャワーを浴びた後、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
わたしは、カウントダウンライブの話をした。
「ヨシフォーのライブ……あるって……。行ってみたいです」
「……仕方ない」
渋々。
「いいんですか?」
「俺は仕事だから、タルトと行って来い」
「え? 部長はダメなんですか? 部長が行かないのなら、わたしも行きません」
「ダメだ。それは、許さん。お前の初仕事の結果を最終確認するのだろう? 行け! これは命令だ」
「それは、そうですけど……」
(婚約して初の年越しなのにぃ?)
わたしは言いたい言葉が出て来ない。
オクト部長は、ストイックなまでに企業戦士なのだ。
それでも、……『行け! これは命令だ』と言ってくれた。
その優しさだけでも、じゅうぶん。
わたしは、小さな声で「ありがとうございます」と言って、自分の部屋にこもった。
12月31日。
翌朝。
オクト部長は、朝早く出勤したようだ。
テーブルには置手紙があった。
《タルトは午後6時に迎えに来る。絶対に家にいろ》
はぁ?
なにぃ~?
プライベートまで時間縛り~?
……なんでそんなに強制なんですか。
わたしがタルト先輩と出かけても、平気なんだ。
……そういうことなんだ。
その夜。
午後6時にインターホンが鳴った。
ピンポーン!
ドアスコープ越しに外を覗くと、おしゃれに決めたタルト先輩が立っていた。
ガチャ。
「こんばんはー、チルちゃん。迎えに来たよー。準備できてる?」
「タルト先輩、お疲れ様です。残念ですが、わたしは行きません」
わたしがドアを閉めようとすると、隙間に靴をはさんできた。
ガシッ!
「うわっ、悪徳業者ですか!?」
「ちょ、待って、待って。チルちゃん、行こうよー。Yoshiel & The Fallenだよー。カウントダウンライブだよー」
「オクト部長が行かないから、行きません」
「何、怒ってるの~」
「怒っていません!」
「怒ってるじゃん」
「怒ってないってばっ!」
タルト先輩は、ため息をついた。
「そんなに嫌わないでよ~。君を連れて行かないと、僕、減給なんだよ。あ……」
「!?」
「あ……、やべ。言っちゃった」
「どういう意味ですか?」
「こうなったら、しょうがない。強硬手段をとるからね。チルちゃん、ごめんねー!! 覚悟して!」
いきなり物凄い力で、玄関ドアはこじ開けられ、タルト先輩はわたしにタックルしてきた。
「きゃー!」
視界がぐるりと回った。
タルト先輩にわたしは押し倒され……
と、思ったその瞬間……、
――続く




