第66話 オクト部長のトナカイ
「オクト部長、クリスマスは年末商戦ですか?」
ハロウィンのときを思い出して、わたしは聞いてみた。
また部長は、携帯電話片手に仕事しながら、クリスマスの夜も忙しいのかと……。
「クリスマスは、キリストの生誕だ。我々、悪魔は魔界に籠ってやり過ごす」
「と、いいますと?」
「魔界は営業休止期間だ。よって、人間界に長期滞在している我が営業部は、休みだ」
「休み?! ひゃっほー! いいんですか?」
「何を喜んでいる……」
オクト部長のメガネの奥が光った。
「いえ、別に喜んでなんか。でも……ネットで検索した情報によりますと、……人間界のクリスマスって、恋人たちの甘いイベント……らしいですよ」
「ふぅーん、それは悪魔にどう関係あるのだ」
言い方!
(どう関係あるって、わたしたち婚約中ですよねっ)
でも、わたしは、部長を怒らせたくない。
「何も関係ありませんっ!」
ぷい、と顔を背けた。
投げやりに言い捨てる。
わたしは、黙ってスケッチブックを出してきて、絵を描いて気を紛らわせようとした。
「何をしている、チル」
「別に? 何もしてませんけど!」
「してるだろ。何か描いているのか? ロジックツリーか?」
「やめて。ロジックツリーなんか……」
オクト部長は、テレビのリモコンをつけるふりして、わたしの絵をチラ見した。
「ぷっ! なんだ、その不思議な動物は……」
部長は吹き出した。
「見ないで! 笑わないで! ひどーい!」
わたしは、スケッチブックの上にうつ伏せになって隠した。
「これは、トナカイっていう動物です」
「トナカイ?」
「サンタさんのソリを引く動物ですよ」
「それは、知っている。トナカイだろう?」
「本当に知っているんですか? じゃあ、部長もトナカイを描いてみてください」
「よかろう。まかせろ」
オクト部長はサラサラとスケッチブックの上で、ペンを走らせた。
「ほれ、できたぞ。これだ」
イケメンのトナカイが……
サングラスをかけて、ポケットに手を突っ込んでいる。
メンズ雑誌のグラビアみたい。
「部長、これ……悪魔の力を使いましたね。ちゃんと、自力でトナカイを描いてください!」
「魔力禁止か……」
自力になると、オクト部長の手は止まった。
かなり悩んでから、スケッチブックを見せた。
それは、さっきの絵とは全然違う。
たどたどしい線、個性的な楕円形に黒丸の目。
オクト部長は、いい訳から入った。
「チル、はっきり言おう。悪魔には芸術という概念は存在しない。情けないことに、これが限界だ」
「うううん。……素敵。わたし、この絵が好き。……これ、大切にします」
「よせ」
「枕の下に敷いて寝ていいですか?」
「悪夢を見るぞ」
部長の絵を大切に折りたたむ。
しばらくしてから、
わたしは、バルコニーの外の夜景を眺めていた。
「サンタさん、人間の子どもにはプレゼントをくれるそうです」
「サンタが?」
「トナカイのそりで空を飛ぶ、赤い服と帽子のおじいさんなんだって。夜中に、こっそりお家に入ってくるんだそうです」
「心配するな。もし、そいつが現れても悪魔の力で消し去ってやる」
「ダメっ! サンタさんは良いおじさんなの」
「どう考えても、不審者だろう」
「いいえ、プレゼントを置いていってくれるんです」
「プレゼントとは、何をくれるんだ?」
「何でも」
「ほう、じゃ、お菓子もか? 対価は?」
「たいか?……、いい子にしていたらもらえるんです」
「そうか……報酬だな」
(なんか違うんだよなー。悪魔契約から一旦離れてくれないかなー)
わたしは、窓から夜空を見上げた。
「実はね、わたし、魔界にいても……小さい頃はね、サンタさんにプレゼントもらっていたんですよ」
「それは不思議な話だ。今でも小さいじゃないか」
「不思議がるところ、そこじゃないです。もっと小さいころの話です」
悪魔なのに、クリスマスの記憶があるなんて不思議だと思う。
「でも今は、もしかしたら、わたし、いい子じゃないから……、サンタさん、もう来てくれないかも……しれません」
「それは、大人になったからじゃないのか?」
「ハハハ、……ですね。悪魔ですしね」
ちょっと寂しく笑った。
――数日後、クリスマスの朝が来た。
今日から二連休か。
朝、早く起きなくてもいい。
わたしは、ベッドの中で寝返りをうった。
すると、枕元で頭を何かにぶつけた。
……なにこれ? 箱?
プレゼントだ。
わたしは、驚いてベッドから飛び起きた。
急いで箱を開け、驚きのあまりに頬を紅潮させた。
「うわぁTシャツ! トナカイ……部長が描いたトナカイの絵の!」
喜んで、Tシャツを抱きしめた。
「……おはよう、チル。よかったな」
オクト部長がドアを開けて、笑顔で立っていた。
「夜中に、サンタが来たようだな。
つまり、お前は模範的ないい子と見なされたんだ。……安心していい」
わたしは、Tシャツをギュッと抱きしめて、満面の笑みで振り向いた。
「はい……ありがとうございます!」
だが、これがもし悪魔の力だったら、力の乱用になる。
わたしは心配になった。
「これ、本当にサンタさんですか? まさか部長……悪魔の力使ってないですよね。力の乱用じゃないですよね?」
「お前はプレゼントを欲していた。『願い』と取って問題ないだろう」
「え、じゃ……コンプライアンス部が……」
「俺の魔力ではない、人間界のプリントサービスだろう。なかなか気が利くサンタだな」
「あはっ!」
わたしは、大好きなオクト部長に飛びついた。
そして、その後……
オクトブランドのTシャツに着替えて、部長の前に立った。
「どう? かわいい?」
「まあまあだな……。だが、サンタのやつ、もっといいプレゼント用意すればいいものを……」(お・ま・え、Tシャツの下、生足かよっ!!)
「わたし、これでいい。部長の描いたこの絵がいいの」
ガバッ!
突然、わたしはオクト部長に襲われた。
(部長、クロヒョウになった……?)
そのあとは、甘いひとときを過ごしましたとさ。




