第65話 ぴよエル降臨!
「みなさーん、ふわもこ天国のひよこ天使、ぴよエルが来店しましたー!」
スタッフが、お店のゆるキャラを連れてくると、店内は歓声に包まれた。
「キャー、かわいいー」
「きゃわいー!」
黄色くて丸いひよこの頭の上に、天使の輪っかがある。
小さな翼、小さなくちばし、つぶらな瞳。
わたしは、思わず席を立ってスマホを構えた。
「キャー、可愛すぎるーーー! マヨマヨちゃんを彷彿とさせる」
「なんだ、あれは」
「部長、あれはこの店のゆるキャラで、ぴよエルって言うんですよ」
他のお客は、ぴよエルと記念撮影をはじめた。
「あれは、何をしているんだ?」
「グリーティングイベントですね。お店のキャラクターと写真が撮れるんです」
「うむ、写真か……、これで新規客をリピーターにさせる手法か……」
「部長、……撮りたいです」
「誰が」
「わたしと部長と、ぴよエルで……」
「さすがにそれは、ハードルが高い……」
すると、ぴよエルの方から、小さな翼で、おいでおいでをしている。
「部長、呼ばれてますよ」
「まさか、気のせいだ」
すると、スタッフがわたしたちを呼んだ。
「お客様―。おめでとうございます。ぴよエルからの逆指名いただきましたー!」
ハンドベルが激しく鳴り響いた。
カランカランカランカラン……
ここは、中央卸市場か?
まさか、オクト部長にさらなる過酷な試練が……。
と、思っていたら、すでに部長は、ぴよエルの隣に立っていた。
ぴよエルのつぶらな瞳が、わたしたちを見つめてくる。
……
「……チル、一枚いいかな?」
結局、撮るんかい!?
なんで? わたし、カメラマンなの?
確かに、先にスマホを持って撮影してましたけど、普通ここはカップルで入るのでは?
でも……、
オクト部長の、なんて堂々とした表情……。
まるで海外外交で活躍する、外交官のようだ。
周りの客からは、かわいいとクスクスが入り混じっている。
注目されて恥ずかしいはずなのに……
ぴよエルの好意を無下にしない勇気!
尊敬します!
オクト部長!
「じゃ、撮りまーす」
すると、スタッフが気をきかせてくれた。
「あら、彼女さんも、ご一緒にそうぞー」
「いえ、彼女だなんて……」
(あら、そうですか?)
「早くしろ、チル」
「はい」
スタッフにスマホを預けて、
わたしとオクト部長は、ぴよエルを間にはさんで立った。
「あ、お二人でハートマーク作ってくださーい」
部長は、ぎこちなく片手を丸くして差し出した。
やる気、満々じゃん!
「あ、デフォルトのカメラじゃなくて、アプリの方が……」
「いや、こっちのアプリでこのモードで……」
「じゃ、撮りますねー。3,2,1」
「意外と暗いな……。フラッシュたいていいですか?」
ごちゃごちゃと長引く撮影。
オクト部長の羞恥心は、ついに爆発した。
「な、なんでもいいから、早くしてくれ……っ!!」
撮影後、席に戻って、映像を確認した。
ぴよエルの黄色とオクト部長の黒いスーツ。
ひよこと黒ヒョウみたいだった。
「画像を部長の方に、送っておきますね。イイ感じに撮れてますよ」
「当たり前だ」
そこへ、注文したパンケーキが運ばれてきた。
「お待たせしましたー」
これまた、インスタ映えるかわいいパンケーキだった。
「ゆるふわ天使のしっぽ、イチゴちゃんパンケーキでございまーす」
「うわぁ」
「これを食べていいのか?」
「部長、ここは市場調査です。ガッといっちゃいましょう」
「……だな。いただきます」
パンケーキを食べたオクト部長の目が、大きく見開いた。
「……! んー! 旨い!」
部長、そんなに甘党でしたっけ……?
「甘いのがべっちゃりと、ふわっとして、とろけて、なんか、こう……」
とにかく、美味しいらしい。
口に白いホイップクリームが付いている。
「部長、口の横、クリームが……」
「ん……?」
わたしは、そのクリームを指でとって、自分の口に入れた。
「あ、お前、それっ……」
「何?」
「いや、……指を舐めるなよ」
「部長、わたしの天使の輪っかパイナップル・パンケーキも食べてみます?」
「いらん」
「遠慮しないで……はい、あーんして」
「バカ、人が見ている……あーん。もぐもぐ。うっま!」
部長って……ほんとは甘えん坊なんだ。
こうして……
わたしとオクト部長は、美味しいパンケーキを満喫して、店を出た。
*その後、バックヤードで
ぴよエルは、控室にいた。
スタッフの一人がぴよエルの着ぐるみを脱がしていた。
「お忙しいのに、オーナー直々に手伝っていただいてすみません」
着ぐるみの中から出てきたのは、汗だくのおやじ。
本部長だった。
「ふぃ~、暑いねぇ」
脱がせるスタッフはノリマキだ。
「だから言ったじゃないですか。中、蒸れるって」
ゼットセダイは、不満そうにしている。
「……なんで僕らが、着替え手伝ってるんすかぁ?」
本部長は、汗をタオルでふきながら
「だって君たち、暇そうだったからね」
ゼットセダイは、吐き捨てるように言った。
「ブラックだ……」
ノリマキは部下の失言をたしなめた。
「ゼットセダイくん、ぼくたち悪魔ですから……。
いいですか? この店のオーナーは本部長で、食品衛生も契約書類も、全部僕らの仕事なんですよ」
「労基も、食品衛生も、景表法も、全部っすよね」
毒づくコンプライアンス部。
しかし、本部長は満足そうだった。
「うんうん、順調、順調。市場調査も、恋の進捗もねぇ」
ノリマキは言った。
「本当によろしいんですか?」
「うん。次はクリスマスだねぇ。ケーキの市場調査もしないとねぇ」
コンプライアンス部のノリマキ、ゼットセダイは仕事の多さに目まいを感じた。
「ハロウィンからずっと、休みなしですよ、ノリマキさん。
SNSで愚痴ってもいいっすか?」
「君!」
しかし、本部長は笑顔だった。
「いいよ、メープルシロップたっぷりのパンケーキ、食べていいから。画像をちゃんと載せてね」
「じゃ、パンケーキ3段重ねで……」
「ゼットセダイくん!」
「いいよー。3段でも5段でも」
コンプライアンス部は、この本部長には逆らえないと悟った。




