第64話 メルヘンの洗礼
オフィスの給湯室。
魔女たちのおしゃべりに花が咲いていた。
「近くにオープンしたてのパンケーキ屋、3時間待ちらしいよ」
「えー、すごいね。行ってみたいわー」
「ほら、この店よ、SNS発信してる。インスタ映してるしおいしそうよねー」
わたしも、他の女子と一緒に、お店のSNS画像を見た。
パンケーキの上に、山盛りのホイップクリームとフルーツ!
これは圧倒的に優勝だ!
「うわぁ、おいしそう! お店の内装も可愛いですねー」
「あらチルさん、オクト部長に連れて行ってもらいなさいよ。《ふわもこ天使カフェ》っていう店よ」
「えええー? たぶん、オクト部長は無理ですぅ。
『そんな暇は無い』、『今日も残業だから、先に帰ってろ』『食事は栄養バランスを考えろ』って、言われるの、わかってますから……」
「んまぁ! それで、婚約者って言えるの?」
先輩魔女が、鋭い所を突いてきた。
「チルちゃん、それ大問題よ」
「え? そうなんですか?」
「そういう価値観の違いって、どっちかが我慢しなきゃ続かないよ」
もう一人の魔女も同調する。
「そして、その我慢は続かない。ここだけの話だけどね、オクト部長って今まで何人の女を泣かせてきたことか」
「えええー?」
「まだ婚姻届受理されてないなら、乗り換えちゃえば?」
そのとき、ちょうどオクト部長が給湯室の前を通った。
「「あ」」
給湯室のわたしたちと、オクト部長は目が合った。
一瞬時間が止まったが、
部長の携帯電話が鳴った。
プルルルル……
「はい、オクトです」
オクト部長は電話に出ると、何事もなかったかのように廊下を歩いて行った。
魔女先輩は小声で言った。
「マズイ。聞かれた?」
「えーー! 今まで何人の女を……も聞かれた……、絶対誤解される話よね~!」
「乗り換えちゃえば?と言ったタイミングで通るなんて……。チルちゃん、ごめん!」
ああ、わたしは嫌われたかもしれない。
その後、仕事中のオクト部長は、どこかよそよそしく冷たかった。
これは、誤解された可能性が大だ。
暗く沈んだ気持ちで、午後はなんとかやり過ごした。
終礼が終わって、わたしは帰り支度をしていた。
(あーこんな雰囲気のまま、家に持ち込みたくないな……)
すると、目の前にオクト部長がスッと立った。
「チル、付き合え」
ドキッとした。
「残業ですか?」
「いや、ちょっと寄るところがある」
「えっ……今から顧客訪問ですか? デートってこと……あるわけないか」
オクト長の顔はみるみる赤くなった。
「違う! 新規オープンしたパンケーキ屋の市場調査だ」
「パンケーキ屋?」
「本部長命令だ」
オクト部長は軽く咳をした。
でも、ちょっと不自然だ。
(ほんとかな……)
魔女先輩たちは、グーサインをして送り出してくれた。
小さな声で……
「チルちゃん、がんばって」
「いってらっしゃい。よかったねー」
そこへ、タルト先輩まで付いてこようとした。
「部長――! 僕も、市場調査、同行しますよー」
だが、先輩魔女たちに引き留められた。
「バカね! あんたは邪魔しないの! 暇ならわたしたちの飲み会に付き合いなさい」
「えー? 女子会? ま、それでも、いいよー」
いいのかよ!
夜でも、人気のパンケーキ屋は行列だった。
女子たちの中に、仕事帰りのサラリーマンが一人。
それがオクト部長だった。
「まさか、こんなに女性客が多いとはな……」
オクト部長は絶対恥ずかしいとは言わない。
すべてビジネス用語で、仕事している風にしている。
精一杯の照れ隠しだ。
「部長、女性客が多いというマーケティングですね。仕事なら、そこまで緊張しなくていいのに」
「チル……」
「はい?」
「お前は、忘れているかもしれないが……、俺は、あ、悪魔なんだ……」
忘れてませんよ。
知ってますが!?
「はい、わたしと一緒に入れば大丈夫です。わたしも悪魔なんです」
「そ、そうだったな……。でも、この店の名前を知っているか?」
「はい、《ふわもこ天使カフェ》ですよね」
「……」
「部長?」
「……そうだ。天使の中に悪魔が入るとは、ハードルが高い。しかし、市場調査のためだ。そんな弱音は理由にならない」
「素直に、悪魔でもパンケーキ食べたいって言えば、いいのに……」
わたしは、行列の前の待機リストにオクト部長の名前を書いた。
「順番が来るまで、待ちましょう、部長」
オクト部長の顔が険しい。
わたしが気を回し過ぎたかもしれない。
オクト部長がやりたい仕事、(順番待ちリストに名前を書く)をわたし奪ってしまった。
ここから、あまり出しゃばらないようにしよう。
しばらく、すると名前を呼ばれた。
「二名でお待ちの、オクト様~!」
「ふぁい!」
部長、緊張で声が裏返ってますが!
「これが……メルヘンの洗礼か……つい、声が……」
メルヘンは関係ないと思いますが……。
店内は、白とピンクが基調の可愛らしいデザインだった。
「うわー! 可愛い! 素敵―!」
テンションアゲアゲのわたしに、オクト部長は釘を刺した。
「あまり騒ぐでない。市場調査だ」
「すみませーん」
とりあえず、メニューを見てみる。
それにしても、パンケーキの種類が多い。
「迷いますね~」
「うむ、甘党の本部長が好きそうな物ばかりだ」
「部長は、何にします? 考えてばかりいないで注文しましょうよ」
「そうだな……」
オクト部長はメニューとにらめっこした。
「ゆるふわ天使のしっぽパンケーキ……か。なんて攻撃力のエグいメニュー名だ。チルは決まったか?」
「うーーん、そうですねぇ。天使の輪っかパインナップル・パンケーキ……」
そこへ、ウェイトレスさんがオーダーを取りに来た。
「お決まりですか? ご注文をどうぞ」
ここは、オクト部長に仕事を振ろう。
わたしは大人しく待つ。
「ゆる……」
どうした、オクト部長。
「天使のパンケーキを、ひとつ……!」
おぉぉっとぉ!! 照れで省略した? まさかのショートカット!
「ゆるふわの方ですか? 輪っかのパインナップルの方ですか?」
ウェイトレスは聞き返した。
悪魔のオクト部長にとって、まさかの拷問が続く。
「あ、あの……ゆるふわ天使のしっぽの方で……」
「はい! ゆるふわ天使のしっぽですねっ! かしこまりました!!」
これで、洗礼は無事に通過したかと思った。
が、甘かった。
「パンケーキの上にのせるムースは、チョコちゃんとイチゴちゃんの、どちらにしますか?」
「イ、イチゴちゃんを……」
あのクールなオクト部長が、イチゴちゃんと言ったぁーー!
「オーダー、入りました~。天使の輪っかパイナップル・パンケーキと、ゆるふわ天使のしっぽイチゴちゃんパンケーキ!」
店内のスタッフが一斉に声を出した。
満面の笑みで――
「ウェルカーム!!」
世界一、陽気なトドメを刺してくるじゃん!!
オクト部長は大丈夫かな?
「大丈夫ですか? 部長」
「……問題ない」
そう言いながら、オクト部長は水を飲もうとした。
「これで、本部長の命令は達成できそうだな……」
部長の持ったコップの水が揺れている!
チャパ、チャパ……
「部長、水、水~!!」
続く……




