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あくまでも部長です ― 悪魔契約コーポレーション営業部 ―  作者: 白神ブナ


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第62話 甘党ラスボス降臨

 終礼後。

ぽつり、ぽつりと同僚たちが帰っていく。

窓の外はすっかり暗くなっていた。


オフィスに残っているのは、オクト部長とわたしだけになった。

わたしは、オクト部長に呼ばれてデスクに置かれた届用紙を見ていた。


「これが、新たな契約書だ。不備が無いか確認してくれ」


「契約書って言わないでください……夢がない……」


わたしは、婚姻届の証人欄を指差した。


「ここ」


「証人だが? タルトに頼んだら喜んで引き受けてくれたぞ」


「タルト先輩の上の欄です! 部長、この名前……誰ですか?」


オクトは一瞬だけ沈黙した。


「……気にするな」


「いいえ、気になります。長い名前ですね、途中から甘そう……」


そのとき――


スッ……


背後の空間が、わずかに歪んだ。


「呼びました?」


「げっ!」


振り返ると、そこにいたのは

コンプライアンス部のノリマキとゼットセダイだった。

オクト部長がにらみを利かせた。


「呼んでいない……。コンプラがこんな時間に、何しに来た」


ノリマキはスーツの襟を正した。


「何しに来たって……仕事ですよ。最近ここの部署は残業が多いんですよね。労働基準法に違反していないか、見回りに来ました」


ゼットセダイもノリマキに後ろで、偉そうに言う。


「僕たち、悪魔契約コーポレーションがブラック企業だなんて、シャレにならいんで」


「いや、ゼットセダイ君、違うよ事実だよ。だって、わたしたち、悪魔だからね。たてまえは大切ですよ」


「はーい、ノリマキさん。じゃ、俺帰っていいっすか?」


「だから、たてまえだって言ったでしょ! 仕事してください」


「けっ! 悪魔みたいな上司だぜ」


だから……悪魔でしょ。

わたしは、ツッコみたくてウズウズしていた。

すると、ノリマキと目が合った。


「やあチルさん。いいタイミングですね」


いや、そっちがタイミングを合わせて来たのでは?

ゼットセダイが、デスクの上の婚姻届をひょいと覗き込んだ。


「うわ……出たよ、それ」


「し、失礼な! それって何ですか?」


ノリマキが、いつものすました笑顔で答えた。


「あのお方の正式名ですよ」


「正式名!?」


わたしは、もう一度紙を見た。

そして、その名を読み上げた。


「グラン=ノーブル・デ・ラ・スイート……」


(長い……)


「アンパンディア・フォン……」


(まだある!?)


「オハギ・アンマン・シュクレ……」


「ストップ!」


オクト部長が即座に止めた。


しかし、遅かった。


(あれ……?)


――ゴォ……


空気が、わずかに震えた。


ゼットセダイが、顔をしかめる。


「はいアウトー! 今の、半分くらい呼んじゃったね」


「え?」


ノリマキが静かに説明した。


「正式名で呼ぶと、“召喚扱い”になるんですよ。注意しないと……」


「なんでそんな仕様なんですか!?」


「上位悪魔ですから」


ゼットセダイは、肩をすくめた。


「ちなみに全部言い切ると、本人が来ます」


「えええ? 誰なんですか、正式名称で呼ぶと召喚される上位悪魔って!」


わたしは怖くなって、婚姻届けを裏返しにした。


すると、ゼットセダイは、ニヤッと笑った。


「教えてあげようか? その契約の証人なんだけど……、“砂糖で世界滅ぼせるタイプのラスボス”と呼ばれている。彼に頼まれて、僕たちは働かされてたわけですよ」


「働かされてた?」


「悪魔祓いも、面談も、全部“命令”」


ノリマキが小さくため息をついた。


「本来は、監査業務だけなんですがね……」


「知ってましたよ。というか、本部長の命令で動いてたんでしょ。ふぅーん、本部長の本名って、こんなに長いんだぁー」


「「え? なんで知ってるのーー?」」


コンプライアンス部は、まだ騙せていると思っていたのか。

お気の毒さま。


「本部長から聞きました。パワハラですよね、これ」


「な……なんでラスボス本人が、ネタばらししてんのーーー?」」


「ラスボス本人? 本部長のことそう呼ぶんですか?」


ゼットセダイは、さらに続けた。


「だってさぁ、本名のグラン=ノーブル・デ・ラ・スイート・アンパンディア・フォン・オハギ・アンマン・シュクレ……」


オクト部長とノリマキが、あわててゼットセダイを取り押さえた。


「「おい、やめろ!」」


そのとき――


ポトッ

(……落ちた?)


机の上に、あんパンが落ちた。


「?」


視線を上げると、もういた。

全員、静止した。

わたしも、フリーズした。

オクト部長は、無言で上を見つめていた。


「……ほら、いらっしゃった」


ノリマキは、静かに一礼した。


「お疲れ様です、本部長」


本部長は、にこにこして立っていた。

正式名称で呼ぶと召喚される上位悪魔とは、やはり本部長だった。


挿絵(By みてみん)


「いやぁ、呼ばれた気がしてねぇ。……ちゃんと聞こえるんだよ、あの名前は」


オクト部長は一礼した。


「お疲れ様です」


ゼットセダイは開き直った。


「僕は、い、言ってないです……!この女が呼びました」


「ちょっと、ゼットセダイさん!」


「そう? 二回聞こえたけど」


ゼットセダイは小声だった。


「だから言ったのに……、チルさん、君だよね?」


「ええ? 同罪ですよ!」


本部長は困った顔をして……


「そんな、わたしを召喚したのが悪いみたいな言い方やめようね……、おや?」


しかし、婚姻届を見て、満足そうにうなずいた。


「うん、いい契約だねぇ」


そして一言。


「証人欄、これ書くのにこの空間に入りきらなくて苦労したよ。タルト君の欄まで上はみ出しそうでね。うふっ……」


……笑った?


「あんパン、食べる?」


わたしたちは、声を揃えた。


「「「結構です!!」」」



 その夜、自宅にて。

やっと二人の時間。

魔界住民課・婚姻届受付窓口が開く日まで、あと半年。


二人で話し合って、婚姻届けは、家の金庫に保管することにした。

オクト部長は、まるで業務命令のように言った。


「忘れないように、スマホのスケジュールにアラームをセットしておくこと!」


「はい! アラームは1日前でいいですか?」


「1日前だとぉ? 半年前だろ」


オクト部長の目が怖い……。


「お言葉を返すようですが、半年前だと、今日です……」


「そうか……、では一か月前だな」


「一か月ぅ? それじゃ、当日忘れる確率100%ですよー」


「何を言うか! 毎月一か月前にアラームセットしておくのだ。それを6回。

そこから一週間前を4回。そして、2日前、1日前、2時間、1時間、30分……」


「カウントダウン! 細かすぎ―」


大晦日かよっ!


「カウントダウンライブですかっ! 部長、元バンドマンの血が騒いでますよ!」


「……騒いでない。これからだ、血が騒ぐのは……」


挿絵(By みてみん)


部長の顔が近づいた。

そうじゃない。

血が騒ぐの意味が違う!


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