第61話 年に二回の奇跡(未遂)
※ここからは『もだもだ婚約期間』です。
本編のスペシャルイベントとしてお楽しみください。
奇数日更新です。
「みなさん、おはようございます」
「「「おはようございます」」」
「本日は、魔界住民課婚姻届口、開庁日です」
朝礼で、丸い顔の本部長がさらっと言った。
その一言で、オフィスがざわざわしはじめた。
「ん? それが会社と何の関係が……」
「営業部に大いに関係ある」
「年二回の、あれですよね?」
「マジか……」
「今日なのか……!」
ざわざわ、ざわざわ……
わたしは、ぽかんとしていた。
「え、何ですかそれ?」
隣でタルト先輩が小声で教えてくれた。
「チルちゃん、おめでとう。今日は婚姻届、出せる日だよ」
「え」
「今日を逃すと、半年後。魔界の住民課婚姻届口は年に二回しか開いていないの」
「えええええ!?」
思わず立ち上がった。
その瞬間……、
カタン。
オクト部長も、同時に立ち上がっていた。
目と目が合った。
「……行くぞ」
「は、はい!」
営業部は、騒然とした。
本部長も頷いている。
「オクト君、行ってきなさい」
「部長! うわ、マジで行くの!?」
「行動早っ!」
「オクト部長、がんばってー」
仲間たちの声援を背に、わたしは必死にオクト部長の背中を追いかけた。
「前もって言ってくださいよぉー。一緒に住んでるんですから」
「前もって言ったら、感動が薄れる。こういうイベントはシークレットがいいのだ」
「本部長の朝礼で、すでにシークレットじゃなくなりましたよ」
魔界へ続くエレベーターへ乗り込んだ。
*魔界住民課。
すでに長蛇の列だった。
「部長、この列って、人気ラーメン屋ですか? 多すぎません!?」
「問題ない」
オクト部長は冷静だった。
「本日は年二回しかない受付日だ。集中するのは必然」
「必然って……ライブ会場受付みたいになってますけど!?」
さっきから並んでいるのに、列は、ちっとも前に進まない。
「部長……、みんな整理券を持ってるみたいですよ。持ってます?」
「ここにある」
「さすが部長!」
「けさ五時に取りに来た」
そういえば、夜明け前にオクト部長は家を出て、10分くらいで戻って来た。
いつもの早朝ジョギングかと思っていたけど、ここに来てたんだ。
まめな悪魔。
やっと、窓口が見えてきた。
あと数人だ。
……ドキドキする。
「次のかたぁー!」
ついに、順番が回って来た。
わたしたちは、カウンターの前に立った。
女の魔界住民課職員が、無表情で言った。
「書類をこちらに……」
オクト部長が、婚姻届を差し出した。
部長の仕事は完璧だ。
名前、住所、生年月日、記入済み。
印鑑もある。
すべて揃っている。
(やったー。これで晴れてわたしたちは夫婦に……! やだ、恥ずかしー)
と思った。
「はい、確認します」
係員は書類をめくり、淡々とチェックしていく。
そして、ぴたりと手が止まった。
(え、なんで止まったの……?)
「……」
「何か問題でも?」
オクト部長が聞いた。
「……ここ」
「はい?」
「証人欄が、未記入ですね」
「……」
わたしとオクト部長は、同時に固まった。
「証人として、二名の署名捺印が必要です」
職員は淡々と事務的に説明した。
「そこは、……今から書いてもいいですか?」
「不可です」
「え?」
「事前に、証人本人の署名済みのもののみ受理します。代筆は不可です」
「俺としたことが……こんな凡ミス」
「……」
オクト部長は、拳を握りしめた。
後ろの列がざわつく。
「まだですかー? 早くしてくださーい」
「す、すみません……!」
わたしは、慌てて振り向き謝った。
「部長!?」
「……」
「部長?」
「……」
「部長、電源落ちてます!!」
オクト部長は我に返った。
「……盲点だった」
「盲点!?」
「書類は完璧だと思っていた」
「部長、いつも言いますよね!! 完璧だという慢心に足をすくわれるな、と」
「証人か……」
オクト部長は、ゆっくりとつぶやいた。
「タルト……か?」
「先輩を今から呼びます!?」
「間に合わない……。証人は二人要る」
職員は、静かに言った。
氷のように冷たい、
それは、死刑宣告のようだった。
「個人の受付時間、まもなく終了します」
「えええええ!?」
思わず、時計を見た。
あと、三分。
あと、三分。
……二分半。
「部長!! もしかして、これって……」
「落ち着け! 社会人たるもの、危機的状況になっても、希望はす、す、す、捨てるな!」
「その言葉、そのまま部長にお返します! レシーブ!」
「論理的に考えろ。トス!」
「無理です!! ここでロジックは無理です。スパイク!」
職員が、最後通告を出した。
「次の方、どうぞ」
「待ってください!!」
「申し訳ございませんが、証人欄が未記入のため、受理できません」
淡々としすぎだろ。
無慈悲だ。
魔界の悪魔だから、最初から慈悲などない。
完全終了。
GAME OVER
*
エレベーターで、契約営業部に戻って来た。
どんな顔をして、オフィスに入ればいいんだろう。
朝礼時の盛り上がりを思い出すと、入るのが怖い。
「部長? みんなにはなんと?」
「チル、お前は悪くない。こういう状況を招いたのは俺の責任だ」
「で、でも……(シークレットがあだになったのでは?)」
「自信を持ち、毅然としてろ」
「そんな……、わたしは部長と違うので、毅然となんて……できません」
「他に手があるのか?」
「そうですね……、へらへら笑っていることしかできません」
オクト部長は、うつむいて口を手で押さえた。
肩が震えている。
(もしかして、笑いをこらえているのかな?)
「く、く、く……。お前の能力、全開じゃねーか。それ、採用だ」
そのあと、オフィスのみんなに報告したけど、誰も非難する人はいなかった。
まぁ、オクト部長を非難できる人は、この部署にはいないけどね。
*夜の自宅
夕ご飯、部長は無口だった。
本当は、相当ショックだろうけど、わたしの婚約者は決して弱音を吐かない男だ。
黙って、缶ビールを開ける部長。
プシュッ!
ビールを一気に飲み干した。
「ああああああーー」
わたしは、もう一本、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「きょうは、お疲れ様です。次回は、……半年後ですね」
「ああ」
「証人は……」
「準備する」
「二人ですよね?」
「ああ」
「タルト先輩と……」
「本部長だな」
「ウフフ……絶対ニヤニヤしますよね」
「間違いない」
少しだけ、間があった。
「なあ、チル。お前はどうして凹まないんだ」
わたしは、婚姻届を見た。
未提出だ。
(ま、いっか)
「だって……」
「なんだ」
「次があるって、素敵じゃないですか。それまで、まだ婚約中なんですよー。キャッ! 恥ずかしい!」
「ああ? お前の、前向き大明神にあやかりたい。どこの神社だそれ」
「え? ごめんなさい。意味不明です」
「わからんでいい。……いつまでも、未提出というわけにいかない。半年後は提出するぞ」
「絶対ですよ?」
「当然だ」
オクト部長は、少しだけ視線をそらした。
「……次は、逃さない」
その言葉は、少しだけ熱かった。
わたしは、笑った。
「はい」
また、未提出のままだけど……
でも……
次があるって、ちょっといいなと思った。
――半年後が、少し楽しみだ。
タルト先輩「ここで★入れると、部長の好感度上がるよー!」
オクト部長「上がらん」
チル「え、上がらないんですか!?」
オクト部長「面白いと俺の好感度は比例しない……」
タルト先輩「出た、ロジックお化け。でも★入ったら嬉しいよねー」




