第60話 別に(オクト)
求婚プレゼンの翌朝、俺は取引先に直行だった。
(チルは先に出社していた)
昼近くになって、俺が、いつもより遅れて出社すると、なにやらオフィスが騒がしい。
魔界テレビ局や、魔界記者などが集まって大騒ぎしていた。
マスコミ連中が何の用だ。
「何だ、何の騒ぎだ?」
「あ、オクト部長がいらっしゃいました。ご婚約おめでとうございます!」
「おめでとうございまーす」
「オクト部長、一言お願いしまーす!」
あっという間に、俺は記者やカメラマンに取り囲まれた。
突撃取材か?
俺は芸能人ではない!
「営業エリートのトップ・ザ・オブ・トップ、オクト部長! お相手はどんな女性ですか?」
「えぇ?」
すると、タルトが記者団を押さえて、前に進み出た。
「部長! お疲れ様でーす。今朝、出社したらホワイトボードに婚姻届けが貼ってあったんですよ。部長の名前が書いてあって、相手の欄は無記名でしたけど」
「しまった、あれか……。しかし、なんで、こんなにマスコミが……」
「誰かが、呼んだんじゃないですか? 『人間界にある魔界会社のエリート、ついに婚約』って大騒ぎになってます」
「別に俺は、有名人でも何でもない。……ところで、チルは?」
タルトはパーテーションの向こうを指さした。
ゆっくりと視線を動かす。
チルは、しれっとインタビューを受けていた。
顔はモザイクがかかっている。(ように見えた)
音声も加工されている。(ように聞こえた)
「最初はぁー、怖い悪魔だと思ったんだけどぉー、だんだんー、魔力にのまれちゃってー、気が付いたら戻れなくなってましたぁー」
おい、ヤバい事件の関係者インタビューかよ。
周りの社員までざわついている。
「チルちゃん、関係ない第三者のふりしてるねー」
「この婚姻届け、ぜったいオクト部長とチルちゃんでしょ」
「前々から怪しかったからなぁ」
「でも、チルちゃんが演技してるなら、俺たちも知らないふり……する?」
俺はマイクを突きつけられる。
記者団に囲まれ、フラッシュを浴びた。
「オクトさんは、魔界一の企業戦士ですが、婚約をした今、どのような心境ですか?」
「いろんなミスや災難があったと思いますが、どう乗り越えましたか?」
「お相手は、どんな女性ですか?」
うるさいな。
俺は、冷静にインタビューに答えた。
こんなネタなど、さらりとかわせば、関心は薄れるものだ。
「ミスや災難など、どこでも起きるもの。すべきことを見極め、冷静に対処しただけだ。
社会人たるもの、いかなるときも冷静沈着……」
そこへ、チル
「あ、部長! お疲れ様でーす!」
「お前なぁ、あの契約書、剥がさなかったのか?」
「え、貼ったの、部長ですよ。部長に剥がしてくださいねって言ったじゃないですか!」
記者団たちがザワザワした。
「……意外と、簡単にバレたな」
「まさか、このひ弱そうな女子社員が婚約者?」
「この子、さっき、モザイクでインタビューに答えてなかった?」
「第三者のふりした、当事者か?! 悪魔って怖―い」
俺は、記者たちを追い返した。
「はいはい、もう、帰った、帰った。取材は許可をとってからにして……」
「えー? ちゃんと許可とりましたよー。本部長から」
「本部長? ……ったく。わたくしは聞いておりません。どうか今日はお引き取りください」
記者たちが帰った後。
部署内の空気がいつもとどこか違った。
事務の魔女が、そっとホワイトボードの婚姻届けを外した。
「みなさん、仕事に戻りましょう。
ところで、チルさん。あなた、いつのまにオクト部長と……」
「んー、いつのまにですね。あははは」
「そう、じゃ、これはシュレッダー行きでいいわね」
「ちょ、待ってください!!」
俺は事務の魔女の後ろに立った。
「おい、事務魔女くん、それは契約書だ。俺の名前があるだろ?」
「失礼しました。でも、チルさんはお相手じゃないですよね。この空欄は、わたし? なーんちゃって、冗談ですわ。オホホホ」
「フッ、悪い冗談だな。人の言動が気に入らなかったり嫌いになったりすることは、誰にでもある。だが、陰口や意地悪で後輩いじめなんて、自分の価値が下がるような真似はやめた方がいいぞ」
「オクト部長……」
「だが、イライラや不満があるなら、後輩にではなく上司に言うのはアリだ。そういうことは俺に言ってくれ」
「かっこいい……オクト部長」
「さすが、余裕ですね」
他の社員たちも感心していた。
だが、そんなことはどうでもいい。
どうでもいいかのように、オフィスはいつもの忙しさに戻った。
よく見ると、チルはいろんな席から呼ばれている。
「チルさん、ここ教えてくださーい」
「はいはい、ここはですねー……こうすれば」
「チルちゃん、ありがとう!」
「チルさーん」
「はい、資料ですね。できてまーす」
「ほんと、気が利くね!」
「チルさん、パソコンが……助けてー!」
「はいはーい、お安い御用で」
あちこちで、チルを賛美する声があがっている……。
「「「ブラボー! チルさん!」」」
みんなに喜ばれて、チルまで嬉しそうじゃないか。
タルトが、コーヒーを持って俺の隣に立つ。
「チルちゃん、目配り気配りで大活躍ですね~。部長が育て上げただけありますね~」
当たり前だ。
俺は余裕をかました。
「フ……あいつのポテンシャルはあんなものではない。これから、さらに伸び……」
「ありゃ、モテるのも納得ですね~、僕はフラれちゃったけどさ。
さっきも、部長とのことを知らないやつが、チルちゃん口説いて……」
俺は、目を地獄の琥珀のように光らせた。
黒い感情が沸き上がりそうなのを、ぐっとこらえる。
タルトが慌てて訂正した。
「あっ、すみません! つい口が滑っちゃって、余計な情報を……。こんなの知っても、気分悪いだけっすよねー」
「ほう……」
おれは、落ち着き払って答えた。
「あいつの市場価値が、高まっているのか……」
「ぶ、部長……」
そして、にやりと笑った。
「なかなか気分がいい」
「ふわぁー! 余裕~。さすがオクト部長……。圧倒的強者です!!」
「雑談はほどほどにしろ、タルト! 仕事に戻るぞ!」
「はい!」
そして、その日の夜。
自宅にて……。
「オクト部長? 婚姻届け、シュレッダー処理されなくてよかったですね」
「……」
俺は、後ろからチルを抱きしめ、顔を彼女の肩にうずめていた。
「部長?」
「……」
「どうしたんですか?」
「……別に」
しばらく、そのままの姿勢でいた……
決して拗ねているのではない。
断じて……違う。
いつも【あくまでも部長ですー悪魔契約コーポレーション営業部ー】をお読みくださりありがとうございます。
本編はここで一区切りです。
当初はここで完結する予定でしたが、アンコール編として、
次回から『もだもだ婚約期間』が始まります。
※6月5日から、奇数日の20時50分、更新予定です。
ゆっくり更新になりますが、
引き続き、応援のほどよろしくお願いいたします。
「オクト部長、タルト先輩、もだもだ婚約期間もあるんですって! また出演してくれますか?」
「「うん、いいよぉー!」」




