第57話 整い過ぎたオクト部長
ガチャ。
「お呼びでしょうか、本部長」
“探さないでください”と書置きした本人が、本部長の電話一本で現れた。
どういう書置き? 本部長の魔法のランプ?
「やぁオクト君、今ね、チルさんと面談してたんだけどね……」
オクト部長と目が合って、わたしは慌てて濡れている目元をハンカチで隠した。
本部長は、オクト部長に聞いた。
「君、どこへ行ってたの?」
「いや、その……。チルが何か、またミスでもしたんですか?」
「聞いているのは、こっちだからね。まずはわたしの質問に答えなさい。怒られるようなことしたのは、オクト君、君だよ」
「は……」
「行先、戻り予定時刻は、きちんと行動予定表に書くこと。いつもなら、あんなモヤっとした書き方したらダメって、君は指導している立場じゃないの?」
「まことに愚行でした」
「で? 何をしてたのかな?」
「ちょっと整えに……」
まさかサウナ?
いや、違う。
きっと本部長に言われたわたしの能力が、オクト部長に発揮されたのか?
だが、現実は整い過ぎていた。
「こちらです」
オクト部長は、白い封筒を本部長に渡した。
“辞表”
“謝罪文”
本部長はため息交じりに言った。
「どうしたら……こういう発想になるの?」
「私がしたことは、社会人として恥ずべき行為でした」
わたしは、オクト部長が提出した白い封筒にショックを受けた。
本部長はかまわず続けた。
「オクト君、社会人として恥ずべき行為というけど、その前に、君、悪魔だからね。悪魔ならアリでしょ。それに、それってパワハラか何かわからないけど……、こういうのって、相手がどう思っているかによるんじゃない?」
「そうですね。では、確認します。チル……さん、大変申し訳ないことをした。君の選択権の一部を削ったこと、これで責任を取って……」
「いやぁー!!」
気づくと、わたしは叫んでいた。
こんな状況になるなんて、耐えられない。
すると、オクト部長は何を勘違いしたのか……
「そ、そんなに嫌なのか、俺のことが。…………そうであろう。そうなるようにしたのは俺だ。致し方無い。顔を見るのも不快ということだな……確認しました、本部長。この辞表を受け取ってください。……俺は、最低です」
「いやいや、これは預かっておくよ」
「ならば、配置換えを……お願いしたいのですが、よろしいでしょうか」
「君も頑固だねぇ」
「しかし、わたしといるとチルは自由を失いますので」
「もう、いいんじゃないのか? 自由を失うとかなんとか、そんな縛りはまとめてポイだ」
わたしは、本部長の腕を思わず揺すった。
「本部長! それは契約終了という意味ですか?」
「いいかい? 契約ってね、“縛るもの”じゃないんだよ。
選ばせない契約は、長く続かない。
それに、君たち、もう友達みたいに仲良くなったでしょ。終了じゃなく完了!」
それを聞いてオクト部長は、肩を落とした。
「そういうことだ、チル。契約は既に履行された。お前と俺は“友達”になった。それ以下でも以上でもない。これに異存は無いな」
……それで終わるはずない。
わたしは、ブンブンと思いっきり首を横に振った。
「それで終わりにしないでっ!」
だが、オクト部長は、わたしの反応など見向きもしない。
わたしに背を向けるとそのまま、すっと霞のように薄くなった。
そして、最後までこちらを見ようとはしなかった。
魔力で消えるなんて……卑怯な悪魔だ。
「嘘でしょ! さっき、いやって言ったのは、嫌いとは違う! 部長が辞めることがいやっていう意味なのにぃ! ここで消えちゃうなんて、ずるい! 友達になっても、こんなんじゃ全然嬉しくないってばぁーーーーかっ! こんなの、わたしが選んだことじゃないもん!!」
わたしは、うわっーっと机にうつ伏せになって、号泣した。
「チルさん、落ち着いて。確かに、契約は履行された。友だちになった。大丈夫……彼の行先は知ってるよ」
「無理―。もう無理―。うぇーん」
「いいから、よく聞いて。ここから先は、チルさんが選びなさい。
ここで動かなかったら、二度と会えないよ。
たぶん、オクト君は○○にいる。
ナーバスになると必ず行く場所だ。……いつも落ち着くために行く」
わたしは、泣くのをやめた。
オクト部長の背中を思い出した。
「本部長……もう最終試験とか、やめてもらっていいですか? 評価なんか要りません!」
「おっ、弱くないねー。そうだとも、どうせ正解はないからね」
わたしは、涙を拭いた。
「呼び戻します。楽しみに待っててください」
そして、わたしは小会議室を飛び出した。




