第56話 本部長との面談
自分で選びたいもの、自分の目標……。
こんな言葉、以前は聞くのも嫌だし、考えるのも嫌だった。
でも、今のわたしなら……選びたいものが見えそうな気がした。
「本部長、覚えていたんですね。お恥ずかしいです」
「ふふふ……。君ね、相手の心を整える能力……、あるよね?……壊れかけたものでも」
「え」
「言われたこと、なぁい?」
「ええーっと、子どもの頃はよく言われました」
「親御さんに?」
「ええ、周りの子は言われたことは何でもできて、いいなぁーと思いました。出来る子は出来るんだなーって。すると、母は、あなたには整える力があるのよって。よく慰めてくれました」
「それ、慰めじゃなくて事実だよ」
「はい?」
「面接で君を見た時、面白い子だと思ったよ。採用を決めたのは、わたしの直感だった」
「そうだったんですか? ありがとうございま……」
「でもね、オクト君は猛反対だった」
あれ? これって……
夢で見たことある。
そうか、最初からわたしは嫌われていた?
わたしは笑ってごまかした。
「ハハハですよねー。わたし……オクト部長を見て、社会って怖いと思いました」
「論点はそこじゃないよ。君なら、こじれたオクト君を整えることが出来るかもって思ったんだよー」
本部長の言う意味がわからなかった。
「それでね、君を営業部に配属したんだけど……、ばっちりミスしてくれた」
「申し訳ございません!」
「いやいや、失敗はするもの。失敗失くして成功はないよ。
問題は、そこからどうやって成長するかだ。じゅうぶん、楽しませてもらったよ」
「お楽しみ……いただけましたか?」
「うん! 君のミスをカバーしようとして、オクト君は君が離れないようにしたみたいだ。君の選択権の一部を削ったの。対価としてね」
「!……やっぱり、そうだったんですね」
「オクト君もグレーなこと、しちゃったね。これで、嫌いになった?」
わたしは、自分の胸に聞いてみた。
どうなの? わたし。
「いいえ。それでも、わたしは部長の隣にいたいです」
本部長は、あんパンみたいな丸い顔で笑った。
「そっかー。なら、よかったぁ。いやね、この契約ミスなんだけど、わたしも利用させてもらったんだ。よって、わたしもオクト君と同罪だ」
「同罪? わたしのミスを何に利用したんですか?」
「っふん、実はね……新人研修の最終試験に利用した。君が“自分で選べるかどうか”、見ていたんだよ」
「研修の最終試験……そうだったんですか」
「どいつもこいつも嫌な上司でしょう? ごめんねー。あんパン食べる?」
ごめんねと言いながら、本部長はわたしにあんパンをすすめた。
「はい、いただきます!」
「あら……遠慮しないんだ。可愛いねぇ。いい子だねぇ」
「ありがとうございます」
本部長に優しい言葉をかけられて、こらえていたものが堰を切ったように流れ出した。
「でも……、わたし……、オクト部長に嫌われましたから」
「あら、そうなの?」
もうだめだ。
あんパンをかじりながら、目から塩水が流れてしまう。
パンは甘いのに、しょっぱーい。
本部長のあんパンは、甘くてしょっぱくて、優しい味がした。
「大丈夫だよ。彼はわたしが電話で呼べば、3コール以内にここに来るから」
「え? オクト部長がですか? 電話に出る、の間違いでは……」
本部長は、スマホでオクト部長に電話をかけた。
そして、スマホを置いた。
部屋が、静かになった。
わたしの心臓の音だけが、やけに大きく聞こえる。
トゥルルル……
3コール目が鳴ったと同時だった。
ドアのノック音。
コン、コン、コン
「お呼びでしょうか? 本部長」
「うん、呼んだ。入っていいよ」
ガチャ。
来た……。




