第54話 繋いだ手を離す(オクト)
*俺がチルの手を引いて、取調室を出る前の話から――
マジックミラー越しに、チルの様子を見ていた。
チルは、OJT魔女の正体をゼットセダイだと暴いた。
そして、ノリマキの誘導尋問にも……
チルは、少しも怖気づくことがなかった。
気が付くと……
いつの間にか、本部長があんパンを持って、俺の横に立っていた。
「君の部下を、ちゃんと見て上げなよ」
チルはだんだん、自分の意見を持ちはじめている。
ノリマキにむかって、きっぱりと否定までしている。
本部長は、あんパンの袋を開けながら言った。
「君が、あの契約の対価をとるために、チルさんの選択権を削ったのは仕方ないよ。君は全部を奪ったのではなく、一部だけ削った。そういうことだね」
「それが……、最後まであいつを守ってやる最善の方法だと思って……」
「未来にはいろんな分岐がある。仕事を続けるか、辞めるか。将来どんなキャリアを積みたいか。いろんな選択肢を選ぶことで人生は左右される」
「本部長、わたしは……」
「知ってるよ。あの子がオクト君から離れるという選択権を……削ったんだよね」
「恥ずかしい行為です」
「新卒が犯した重大なミス。何とかしてやりたいよね。過保護になるのもわかるよ。でも、そんなに弱いかな?」
マジックミラーの向こうのチルは、叫んでいた。
『ダメ! それはやめて!』
あいつが、契約続行を選んだ瞬間だった。
弱くねぇ……。
「あいつを……連れて戻ります。何かあれば、呼んでください」
「うん、手荒なことはしないでねー」
そして、俺はチルの手を引いて、取調室から連れ出した。
エレベーターに乗り込んだ。
何も言わず、1階へのボタンを押した。
そっと繋いだ手を離した。
すると、チルは謝った。
「すみません、部長。迷ってしまって……気が付いたら変なところに」
俺は何も言わなかった。
言えなかった。
ゼットセダイの言う通りだ。
俺は良心の呵責にさいなまれていた。
……守るどころか、縛っただけじゃないか。
「あの……、部長。怒ってます? ……怒ってますよね」
チーン。
エレベーターは地上の人間界、営業部フロアに着いた。
ロビーを黙って歩く。
後ろからチルがついてくる。
「部長、すみませんでした。……戻り時刻が遅くなってしまいました。これから、猛スピードで資料作成します」
「いらん」
「え?」
「今日は、もういい。デスクを片付けてあがっていいぞ」
「あ、あの……」
「聞こえなかったか? 帰れと言っている」
「はい、……わ、わかりました」
ちょっと強く言い過ぎたかもしれない。
オフィスに戻ると、チルはうなだれてデスクを片付けた。
「あれ? チルちゃん、具合でも悪いのー? もう帰り支度?」
「あはは、なんだか、疲れちゃって……お先に失礼しますね、タルト先輩」
「マジで? 部長……チルちゃんが……、いいんですか?」
「構わん。後輩のことより、タルト。お前、昨日の報告書はどうした」
「はい、今、提出しまーす。てか、本当にどうしたの?」
「いいから、お前は自分の業務に集中しろ!」
俺はデスクに座って、書類を見ていた。
そして……
書類の裏で、チルがオフィスを出て行く後ろ姿を、そっと目で追っていた。
(本当は、帰したくなかった)
夜、暗くなったオフィス。
俺のデスク周りだけ照明を残して、あとは消した。
家に帰るのは、気が重い。
あんな狡猾な行為をした俺だ。
家に帰ってチルに会わせる顔が無い。
会社で一晩過ごそうか。
もともとクラシックタイプは、寝なくても平気だ。
すると、スマホが鳴った。
メールの通知音だ。
画面を見たら、Yoshielからだった。
兄さん、珍しいな。
メールを開いた。
―『漆黒の闇に踊る、青い炎へ』
相変わらず、ヘビメタの歌詞のような書き出しだ。
―『僕のSNSの熱心なフォロワーからDMが届いたよ。
タルトくんが助けを呼んでるんだけど、……どうする? (^O^)/』
ちょっと意味がわからない。
おれは、返信した。
『Yoshielに助けを求めているのなら、兄さんだろ。俺には関係ない』
―『ところがさー、関係ありありダヨーン(>_<)
お前、家に帰ってないの?
チルちゃんが泣いているってYO! ( ノД`)シクシク…』
『泣いていると言えば、俺が帰るとでも?』
―『相変わらずだな。
タルトくんから聞いた情報だけど、チルちゃんはお前に見捨てられたと言ってるらしい……それって、マジ? (;^ω^)』
『……それはない』
―『やった―! ないって教えてもいい? (^_-)-☆』
『おい、こんな話、誰に教えるんだ。俺の部下にか?』
―『とりま、アカネに……(‘ω’)』
『アカネさん、関係ないだろ。話がこじれるから、マジやめてくれ』
―『ふぅーん、家に帰らない気? じゃ、タルトくんとお前んちに遊びに行こうかなー。アカネも一緒に連れて行っていい? (*’▽’)』
『俺がいない時を狙って、みんなでチルに会いに行くって、カオスだな』
―『だって、普段は、オクトが番犬のようにチルちゃん守ってるんだもん。
Bow-wow (;´Д`)』
『なにそれ』
―『ドーベルマン』
『そこじゃない。俺が言いたのは……』
―『オクトさぁ、会社で何やってんの?』
『仕事だが』
―『だったら、仕事で遅くなるって、連絡入れなきゃ。
ホウ・レン・ソウ!(報告、連絡、相談)(≧▽≦)』
『ウザい』
―『チルちゃん泣かしたら、ダメだよ。お前、わかってんだろ?』
『何が』
―『それは……今にも開花しそうな恋の蕾、なーんちゃって(*ノωノ)』
『う……』
―『ポン! はい、開花! (^O^)/』
もう返信するのやめよう。
シラス兄さん=Yoshielに、乗せられてる気がする。
しばらくしてから、またメールが来た。
―『既読スルーか。偉くなったな』
それでも無視した。
―『こじらせてんじゃねーよ。上司だろ、責任取れるのか? <`ヘ´>』
兄さんの言葉に、俺はムッとした。
『その手があったな。教えてくれて、感謝する』
―『バーカ、バーカ、本気にするなよ
ちょっと煽っただけじゃん。
それとも本気でバンドに戻る? (≧▽≦)』
俺は何度も入力し直した。
だが、送信できなかった。
『考えさせてくれ……』




