第49話 悪夢
就活で20社落ちましたとか、50社落ちましたとか言う話を聞く。
わたしは、ここで50社めだ。
ここは、いいところにお勤めねーと言われる、魔界ではまぁまぁ有名な会社。
だが、別に入りたいところではない。
入るなら、休暇が取りやすいか、リモートワークOKみたいな会社がいいと思っていた。
もうどうせまた落ちる。
またあの“お祈りメール”が来るんだ。
“今後のご活躍をお祈りしております。”
面接中、既に投げやりだった。
もういやだ。
早く帰りたい。
「趣味や関心のあることは何ですか?」
「はい、……特にありません」
あれれ、何を言っているんだ、わたし。
「……。仕事に対するあなたの姿勢について教えてください。
「特にありません」
また言ってしまった。
完全にアウトだ。
「チームで仕事するのと1人で仕事するのでは、どちらを希望しますか?」
「どっちでもいいです」
面接官たちは、ヒソヒソと話し始めた。
「これは、実に無欲。面白い子じゃないか」
「そうですね、専務。この子はちょっと変わっていますが……」
「うん、脱力感が新しい!」
「今まで、ガツガツした子ばかりでしたからねー」
わたしの耳は地獄耳だ。
どんな音声も拾ってしまう。
……あれ? 今までにない反応だけど。
「面白いかも……」
やった、なんだかラッキー?
「実につまらん!」
え?
「……オクトくん?」
「物欲であれ、地位や名誉であれ、なんでもいい。何かを欲する者は強い」
オクトと呼ばれた面接官は、立ち上がった。
ガタン……
「そんな無欲では、社会に淘汰されてしまうぞ」
ドンと、机を叩いた。
社会こわー!
絶対落ちた。
会社を出ると、すぐにメールが届いた。
お祈りメール、早っ!
要らない者には早く通知するんだわ。
メールを開いた。
「……応募書類をもとに厳正な選考をいたしました結果、誠に残念ではございますが、
今回はご期待に添えない結果となりました」
あーはいはい。
「なお、応募時にお預かりした履歴書等の選考書類につきましては、弊社にて責任を持って公開いたします。」
え。
「非常にレアな種族は、魔界厚生労働省に通知することになっております」
えええー?!
嫌だ、なにこれ―――。
「近いうちに身柄を拘束させていただきます。1分後でよろしいでしょうか?」
待って!
逃げなくちゃ……
変なところに面接に来ちゃった。
助けてーーー!
「あ、いたぞ。さっきの就活生!」
「こっちだ、こっちだ」
「早く、つかまえろ」
見つかった!
嫌だ、捕まるもんか。
「さ、こっちにおいで」
形のない訳の分からない者たちが、手を伸ばしてくる。
正体不明の黒い手が、だんだん増えてきて、逃げきれない。
「ほうら、見つけた」
「かわいい悪魔、チル、こちらにおいで」
「私の世界へ連れて行ってあげよう」
「תשכח מזה.」(忘れろ)
キャー―――!!
はぁ、はぁ、はぁ、……
夢?……か。
恐怖でわたしは目が覚めた。
ああ、怖かった。
夢でよかった。
……どっちでもいい。
なぜか、その言葉が、頭の奥に残っていた。
わたしは、ベッドから出て、リビングに行った。
真夜中のリビング。
バルコニーから漏れる、月あかり。
天井に、オクト部長のシルエットがあった。
(いつも天井にぶら下がって寝る悪魔)
わたしは、ソファーに座り込んだ。
寝汗をかいて、はぁはぁと肩で息をしていた。
「……」
「部長」
「どうした、チル。まだ真夜中だぞ」
オクト部長は、天井からぶら下がったまま、片目を開けて返事した。
「部長、ここで寝ていいですか?」
部長は、天井で腕組みをしたまま。
「怖いの。一緒に寝て欲しいです」
「……」
「お願い」
オクト部長が固まっているのがわかった。
それはそう。
わたしのお願いは、誤解されそうな言い方だった。
わたしは、あきらめてソファーに一人横になった。
すると、ふわりと毛布がかかった。
オクト部長が、天井から降りて掛けてくれたのだ。
ソファーに腰かけた部長は、心配そうな顔をして、わたしを見つめた。
「わたし、こわい夢を見ました……」
「寝る前に、ホラー小説なんて読むからだ」
「ちがいます……」
「どんな夢だ」
「……」
「面接でいろいろ聞かれたんだけど、……どれも意欲が無い返事しちゃった。そしたら、オクト部長に怒られた」
「え? 俺?」
「そんなことでは、社会に淘汰されるぞって」
「……。言いそうだな」
「そのあと、気持ち悪い人たち追いかけられました。呪文みたいなものを聞いたような……」
そして、「תשכח מזה.」(忘れろ)
あれは……誰の声だったのか、思い出せない。
思い出すとぞっとして、思わずオクト部長にしがみついた。
部長は、黙ってタオルで額の汗を拭いてくれた。
「オクト部長の体、つめたい」
「悪魔は冷血だからな」
「レイケツ?」
「冷たい者だという意味だ」
「……」
しばらく間があった。
「部長は、……やさしいです」
そう言うと、
オクト部長は、何も言わなくなった。
オクト部長は、しばらく窓の外の月を見ていた。
わたしの呼吸が静かになる。
うっすらと眠くなりかけた頃、
やがて、そっと毛布を引き上げ……
「……冷血、か」
部長が小さくつぶやいた。
わたしが寝たかどうかを、確認しているみたい。
オクト部長の手が、毛布の上からトントンと優しく叩いている。
そして、わたしの横に、部長も横になった。
部長もたぶん目を閉じている。
「チルの手は、なぜこんなにも温かいのだろう……」
わたしは、寝たふりをした。
クラシックタイプの悪魔は、モダンタイプほど眠らないはず。
でも、その夜は――
二人で目を閉じた。
窓の外には、満月が浮かんでいた。




