第47話 ショッピングモール
定休日は天気が良かった。
「部長、今日、買い物に行きませんか?」
「食材の調達か。何か足りものでもあったか」
「スーパーじゃないです。新しくできたショッピングモールに行きたんです」
オクト部長の表情は曇った。
「……人ごみの中を歩くのは、危険だ」
「え、どうしてですか? もしかして、二人で歩いている所を、他の人に見られるとヤバいとかですか? 社内恋愛と誤解されるとか……うふふ」
「それは、……別に構わん」
「(構わんの?)じゃ、どうして?」
「お前が無防備に人ごみの中にいることは、サバンナの中の草食動物と同じだ」
「わたし、ガゼルですか? じゃ、部長は何ですか」
「……黒ヒョウ……」
ハマり過ぎていて怖い。
「でも行きたい、行きたい! 行って、部長のメガネを買いたいのぉーーーー!」
「うっ……、それは、契約者の願いか?」
わたしは、強く何度も頷いた。
うんうん!
「いいだろう。しかし、危険を常に意識しろ。ここは、人間界だ。怪我や事故にあっても、魔界警察も魔界病院もないからな!」
「了解しましたっ!」
ショッピングセンターに着いた。
雑誌で見たことがあるおしゃれなバッグ。
パステルカラー系のふんわりワンピース。
どこも可愛いものばかりで、わたしはテンションがあがった。
ただ、真後ろには……、
オクト部長がぴったりと密着していた……。
昇りのエスカレーターになると、振り向けば部長の顔になる。
いつもは身長差があって、下から見上げる顔が、同じ高さにあって緊張する。
「あの、部長……、ちょっと近すぎません?」
「これくらい、近くにいないと守れないだろう。肉食動物はどこに隠れているか、わからんぞ」
「はい、……」
(肉食動物は、オクト部長じゃないですか?!)
「もう少し、離れたところから、見守ってくれると嬉しいです」
「そうか、……従おう」
目的のメガネショップに着いた。
「キャー――! これ、素敵。部長かけたら似合いそうーー。ね、部長?」
振り向くと、部長は遠くの柱の影から、こちらをうかがっていた。
「離れすぎでーす! ここは、部長が近くにいなきゃ意味ありませーん! こっちに来て下さーーい!」
駿足で部長はやってきた。
ダッシュ!
キュキューー!
床を滑って急ブレーキ。
戦隊ヒーローか?
「来たぞ、チル。なんだ?」
「ねえ、これなんかどうですか? フチなしですが、試着してみてください」
「うむ、悪くない」
めっちゃ、イケメン。
うわぁ、凄く似合っている。
「たとえば、こっち。比較してみませんか?」
わたしは、メガネを変えた部長の顔のぞき込むように言った。
「おい、お前。近すぎ」
「そうですか?」
黒ぶちのメガネも知的に見える。
「あ、これ、良さそう! この銀縁の細めは?」
また部長の顔をのぞきこんだ。
「だからっ! お前、パーソナルスペース!」
「いいですねー、これ。個人的にこれが好きです」
「俺の注意を聞いてないのか。うむ、……これか?」
うわぁ、何この破壊力……。
オクト部長が、尊い……
「おい、チル? 鼻の下にリップグロスが付いているぞ」
わたしは、思わず鼻を手で押さえた。
「鼻血……!」
「おい、大丈夫か?!」
店員さんが気づいて、ティッシュペーパーを持ってきてくれた。
「大丈夫ですか? こちらの椅子でおやすみください」
「すみません……」
「申し訳ない。わたしの連れが、ご迷惑を……」
連れ? ……誰それ。
「迷惑なんて、とんでもございません。これだけかっこいい彼氏さんですもの、彼女さんも興奮しちゃいますよね」
彼氏さん? 彼女さん?
誤解を解かなければ……。
「あの、彼氏じゃなくて部……」
「ぶ、ブライアンといいます。よろしくお願いしますっ」
「は? ブライアン……?」
「なんだ」
「……変な名前ですね」
「……臨時だ」
そして、部長から小声で注意された。
「お前なぁ、ここで、役職名で呼ぶな。不倫していると思われる」
「フ……リン?!!」
人間界のルールは複雑だ。
恥ずかしい。
誰? ブライアンって。
とにかく早く、鼻血を止めなければ……
「全部、お似合いですね! ブライアンさまー」
「……じゃ、これに……」
わたしは、鼻を押さえつつ、手を上げた。
「待ってください! わたしが払います。これ、……ブライアンへのプレゼントなので」
オクト部長の顔は、耳まで赤くなった。
「ハイ、承りました。よかったですね、ブライアンさま。かわいい彼女からのプレゼントだそうですよ……」
「いや、その……」
オクト部長は視線をそらした。
メガネショップを出た。
「部長って呼ばない方がいいんですよね?」
「もう、メガネショップを出たから、通常通りでいい」
「よかったー。もう、変な汗が……」
「おい」
「はい?」
「鼻のところ、ファンデーションが取れているぞ」
「やだ! ちょっと化粧直ししてきます」
「ここで待ってる」
化粧室。
あれ? 同じようなことが以前もあったような……
ああ、あの時は、オクト部長が鼻血を出したんだった。
そう、あのときの部長の顔は……素敵で……
などと、思い出している場合じゃない。
早く、部長の元に戻らなければ……。
だが、戻ると部長の姿はなかった。
あれ? わたし、場所を間違えたかな……。
部長、お手洗いかな?
わたしは、その場所で部長が来るのを、しばらく待っていた。
……遅いなぁ。
周囲を見渡すと、人の流れが少しだけ途切れていた。
(あれ……?)
なんだろう。
さっきから、誰かに見られているような気がする。
……いや。
見られている。
気のせい……かな。
わたしは、首をかしげながら、もう一度、部長を探した。




