第46話 三日月の報告
夜の街を走る黒いバン。
『スパイダー家事代行サービス』と書かれた車の中。
「あーあ、やべぇよマム。クライアントにどう説明すりゃいいんだ」
「大丈夫よ。言い訳と自己弁護は、あんたの得意技でしょ」
マムの嫌味に、褒められた気分になったチャラは、ニコーっと笑った。
「いや褒めてないから」
「ありゃりゃ……、うーーん、でもさぁ」
チャラは、訪問先で見た悪魔たちを思い出した。
「どうしたの?」
「いいや……」
「はっきり言ってよ。気になる」
「本当に、あの子が、悪魔に対価を払った契約者? あのスポンジ持ったクラシックタイプじゃなくて、あの子を消す。本当に、それで合ってる?」
「間違いない。そう依頼された」
「じゃ、あのクラシックタイプを従えるほど、あの子は上位の悪魔?」
「……」
マムとチャラは、一瞬凍り付いた。
「んなわけ、ねえか」
「ばかな。ただの女の子でしょー」
*依頼主の待つ高層タワーの一室
タワーの上には、細い三日月が浮かんでいた。
その一室。
壁には、Yoshiel & The Fallenというロックバンドのポスターが貼ってあった。
「それで?」
長い髪の女は、チャラとマムを目の前に立たせて問いただした。
「悪魔祓いの件、ターゲットは始末できたの? スパイダー家事代行サービスさん」
チャラとマムは、直立不動のまま緊張していた。
「始末できたの……? 聞いているのよ」
マムはニコニコと、チャラはヘラヘラと笑って誤魔化した。
「だって、クラシックタイプが一緒にいるなんて、お宅一言も言ってなかったでしょ!?」
「どうやって、蟻んこがゾウを倒すんですかぁー」
「ま、あきれた。知恵を使えば、やりようはあるはずよ。……だけど、まあいいわ。最初から、あなたたちに期待はしていなかった」
長い髪の女は、一歩前へと踏み込んだ。
「それよりも、そのクラシックタイプの前に、ターゲットがいたでしょ。どんな様子だった?」
チャラとマムは返答に困った。
ターゲットの報告するのが義務だが、クラシックタイプの印象が強烈過ぎた。
「ど……どうって……」
「普通?」
長い髪の女の声が、静かに怒っていた。
「抽象的すぎるわ」
「普通というか、どこにでもいる女の子って感じでしたよ」
「なぜか、クラシックタイプに懐いていましたけど」
「……そう、もういいわ。帰って。当然、報酬はゼロよ」
*スパイダー家事代行サービスのオフィス。
ソファーに寝転ぶチャラと、椅子に体を預けて天井を仰いでいるマム。
「なぁ、チャラ。結局何だったんだろうねぇ、あのクライアント」
「俺に聞かれても、困るぜ」
「だって、わたしたちに期待してないだとか、クラシックタイプに懐いてたと言ったとたん、『帰れ』と言ったり」
マムはマンションで見た悪魔と、クライアントの部屋にあったポスターを思い出していた。
そして、ハッとした。
「ん? あのYoshielとあのクラシックタイプって、ちょっと似てない?」
「ええ? 気のせいだろ……」
「……そうか、気のせいか」
「今夜はもう遅い。帰ろうぜ」
長い夜だった。
三日月は傾きはじめた。
*同じ夜、依頼主の待つ高層タワーの一室。
広いオフィスに男の声が響いた。
「アカネさん」
アカネマネージャーは、怪訝な表情で振り返った。
「アカネさん。気がかりですか? うちの社員……の二人が」
「余計な詮索はしないで。ノリマキさん、ゼットセダイさん」
「ああ……むしろ気にかけているのは……」
ゼットセダイは、白い顔で静かに笑った。
「気にかけているのは、オクトの方ですよね。
あなたが拾って、育てたロックバンド……ヨシフォーの元メンバー。
かっこよくて有能な男。まあ、僕には劣りますけど」
「ゼットセダイくん、君、自信過剰だよ」
「ホホホ、何ですって? わたしは願いの対価として悪魔祓いを引き受けただけです。……仕事は、あの子を消すだけでじゅうぶんでしょ?」
「だけどねー、元メンバーが、新卒の悪魔とくっつきそうで、もはや、下手な動きもままならない。
ウケるぅ……なんて情けない話だ」
「ゼットセダイくん、口を閉じなさい!」
「わぁ、こわーい! ノリマキさん、悪魔の片りんが覗いてますよ」
ノリマキの呼吸は乱れた。
「誰のせいだ、……誰の……! まったく、君ときたら……すみませんね、アカネさん」
アカネマネージャーは、ノリマキに言った。
「とりあえず、仕事はしたわ。これで、契約の対価を払ったから……もう、かまわないでくださる?」
「おっと、人間。ここで、お茶をすすめろという命令なんだ」
「誰からの命令?」
「アカネさん、あなたの仕事はここまでです。ご苦労様。上の者から、おもてなしをするように言われております」
「おもてなし?」
「そう、アカネさん。そろそろ、おやつにいたしましょう」
冗談みたいな口調なのに、断る余地はどこにもなかった。
「……おやつ?」
アカネマネージャーは、眉間にしわを寄せた。
「イライラには甘いものですよ。これ、うちの上司の口癖でね。ゼットセダイくん、あれをお出しして」
「はい、でも、イライラしているのはノリマキさんに見えますけど?」
「早く、お出しして!」
テーブルの上には、焼きたてのパンケーキが並んだ。
「んー、我ながら、とても上手に焼けました。一緒にいただきましょう」
アカネマネージャーは、この悪魔たちからのもてなしに戸惑った。
「これ、ノリマキさんが焼いたんですか?」
「いいえ、僕です。ゼットセダイです」
「……あんたたち、どういう悪魔なの?!」
「さぁ、アカネさんも、冷めないうちに……」
アカネマネージャーは、パンケーキをじっと見つめている。
「イライラには甘いもの? パンケーキでおもてなし? ……一体、どういうことなの」
上に乗ったバターが溶けて、パンケーキの表面を滑り落ちた。
「どうにかして……」
「え、何ですか?」
「オクトさんを取り戻したいだけなのに……」
アカネマネージャーは、それからしばらく何も言わなかった。
爪だけが、じわりと手のひらに食い込んでいた。
ノリマキは、それを黙って見ていた。
「ふふ……身勝手ですね。何か、策でも?」
「……あの子を始末できなくとも、引き離すくらいは可能でしょ」
「では……追加の契約、いかがですか? でも、ここから先は、上とも相談しないと……」
「馬鹿なことを言わないで! これ以上……これ以上、奪われるのは……耐えられない」
アカネマネージャーは、ゼットセダイをじっと見た。
「……ねえ、あんた」
ゼットセダイは、パンケーキにメープルシロップをかけていた。
だが、その手は止まったままだ。
「かけすぎよ」
「ああ……」
ゼットセダイは目を細めた。
「いけね」
メープルシロップは、パンケーキの皿からあふれ、テーブルにまで流れていた。
「つい、はしゃいでしまって。ぼくは、甘~いメープルシロップが、だーい好きなんで。溶けたバターも」
ゼットセダイは、口元だけが笑っていた。
ノリマキも目を細めた。
「あーぁ、面白くなってきましたね。うちの社員たちって甘党なんですよ。特に、管理職の悪魔は……」
三日月は低く傾き、甘い匂いだけが、部屋に残っていた。




