第45話 家事代行サービス
部屋の隅に、クッションを重ねて作られた寝床がある。
タルト先輩の寝床だ。
オクト部長は部屋の掃除をするついでに、そのクッションを持ち上げた。
「それってタルト先輩の寝床ですよ。片付けちゃうんですか?」
「そもそも、俺の家にあいつの寝床があるのは、おかしいだろ」
「……でも、可愛そう」
「別に、意地悪しているのではない。不衛生だから掃除するだけだ」
「じゃ、また先輩が来たら出してくれますか?」
「……(タルトが来る前提?)チルが望めば……、そうせざるを得ない」
「やったー」
「喜んでいないで、ここ、掃除機かけろ。俺は風呂場を掃除する」
「了解です」
わたしは、クッションをベランダに干して、リビングに掃除機をかけた。
オクト部長は、几帳面だから、いつも部屋を綺麗にしている。
わたしは、面倒なので、床を丸く掃除機かけて、さっさと終わらせたい。
そのとき、
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
「は、はーい」
タルト先輩かもしれない。
ワクワクしながら、玄関ドアを開けた。
ガチャ。
「こんにちはー。スパイダー家事代行サービスでーす」
胸に蜘蛛の巣の刺繍が入ったジャケットを着た、チャラい男が顔を出した。
「え……?」
「お掃除や洗濯、料理などの家事を代行いたしまーす」
今度は、同じデザインのジャケットを着た女が、横から顔を出した。
わたしは、おもわず聞き直した。
「お掃除もですか?」
「はい!」
掃除してくれる。
それは助かる。
「洗車にゴミ出し、ハウスクリーニング。そして、今なら特別割引で、除霊、悪魔祓いまで承ります」
滑らかに営業をかける女に、チャラい男は相づちをうっている。
「この世にはびこる悪魔退治は、わが社自慢のサービスです」
わたしは、一歩引いた。
「えっ……、悪魔退治……?」
逆に、女は一歩、部屋に入ってきた。
「あら……少し冷えますね?」
「さすが、マム。何か感じます?」
「ええ、感じる。チャラ、アレを出して」
女はマム、男はチャラというらしい。
「いや〜〜なんか霊圧ありますよ、マム」
「しっ! 静かに。これは高額案件だからね」
「へい」
チャラは、除菌スプレーのようなものを取り出した。
「この聖水、すごいんですよ! こうやってスプレーするだけで……」
玄関先でスプレーすると、青白い火花がチラチラと散った。
「ほぅー……クライアントの言う通り、“何か”いるみたいね」
「うんうん、臭うね」
わたしは思わず否定した。
「うそよ! 悪魔の臭いなんてしません!」
「あれ? 俺ら、悪魔の臭いなんて言ったっけ?」
「あらまぁ、どうして知っているのかしら」
「えっと……そ、それは……わ、わたし、エスパーだから! そう言うのかなーって、先にわかっちゃった」
「ええ? まじでぇ?! すげぇ!」
「そんなわけないでしょ、チャラ。まじめにやって。
ところで、お嬢ちゃん。この部屋は、やはり匂うわ。確認だけでも……」
「すぐ済むからねー」
怪しい家事代行サービスは、ドカドカと部屋に入り込んできた。
「だ、だめ! やめて!……わたしたちは悪い悪魔じゃ……」
玄関の灯りが、わずかに点滅した。
地獄の底から響くような声がした。
オクト部長だ。
「לך הביתה」(帰れ)
旧い呪文だった。
怪しい女が胸につけていた蜘蛛のバッジが……
パーン!
はじけて割れた。
マムとチャラは、身動きが出来ないまま、止まった。
わたしは呆気にとられた。
「え……?」
「ずいぶん物騒な押し売りだな。俺に何か用か」
その声は、さっきまでと違って低かった。
やっと、マムは口だけ動いた。
「そのスポンジは、一体……?」
「これか……風呂を洗ってた」
オクト部長は、シャツの袖をまくりスポンジを持っていた。
そして、これ以上侵入されないように、彼らの前に立ちはだかった。
「ああ、そう……なんですね」
「っていうか、この悪魔、古い呪文使えんのかよ」
「聞いてないわよ、クラシックタイプだなんて」
「どうする、マム」
「……」
「動ける?」
「動かせ! 帰るわよ」
怪しい二人組は、速攻でマンションから出ると、慌てて黒いバンに乗り込んだ。
「わたしたちじゃ無理。退去するわよ、チャラ」
すると、車の窓から男が叫んだ。
「覚えていろよー!」
「煽るんじゃないわよ、バカ!」
ブロロロロロロ……
走り去っていく黒いバンを見ながら、部長はため息をついた。
「まさか、悪魔祓いに狙われる時が来るとは……。何の影響だ……」
「オクト部長って、もしかして、とっても強い悪魔なんですか?」
「さぁな」
わたしには、詳しく説明してくれない。
わたしが知っているのは、部長はクラシックタイプだということだけだ。
「さっき使っていた不思議なことば? 前にコンプライアンス部が来た時も……」
「ああ、あれか。旧い呪文で……帰れ、だ。相手に命令を下す旧い悪魔の呪文。もちろん、乱用は禁止されている」
「ヤバいですね。オクト部長、狙われてますよ」
「は?! どこまでおめでたい奴だ、お前は……。狙われているのは、お前のほうだ。最初からお前を見ていた」
「えー、嘘。わたしなんか狙っても何もメリットないですよ」
「とにかく、不用意に玄関を開けるな。それから、防犯ブザーを携帯しろ」
わたしは、ちょっと気になって記憶を辿ろうとした。
そして、ほんの一瞬だけ、真顔になった。
「……でも、どっかで聞いたことある気がします。
同じ意味じゃないかもしれないけど……旧い呪文で……」
「それは、コンプライアンス部が来た時だろ」
「いいえ、それよりも前に……、耳元で呪文を聞いたような気がします」
「何? そんなわけ……」
わたしは必死に記憶を辿った。
もしかしたら、以前にも押し売りが来て、わたしの目の前で……
――チルの空想
「こんにちは。靴紐買いませんか?」
「לך הביתה」
「はい! 帰ります」
こんなことがあったのかな。
いや、ないと思けど。
「部長、もしかして、乱用してます?」
「してない、してない」
「本当?」
「本当、本当。契約条項第七項を読み上げようか?」
その日の夜、
わたしは眠れなくて、水を飲みにリビングを通った。
すると、オクト部長が天井にぶら下がりながら、片眼を開けた。
「どうした。眠れないのか」
「はい」
……乱用はしていないって、部長は言った。
でも、絶対に、コンプライアンス部が来るより前だ。
耳元で同じような呪文を聞いた覚えがある。
考えると、頭が痛くなる。
思い出そうとすると、そこで止まる。
「怖い」
「……大丈夫か、チル」
「あ、すみません。独り言です。ベッドに戻りますね」
わたしは部屋に戻って、布団をかぶって寝た。




