第44話 裏紙再利用―②
「ふぅー、君はどのくらい削ったのかね?」
本部長が聞いた。
削った?ってなんだろう。
「必要最低限です」
「君の“最低限”は信用ならないね」
「過剰な介入はしていません」
「ほんとかなぁ?」
あんパンのビニール袋を破く音。
そのあと、静かになった。
きっとあんパンを食べているんだ。
「……記憶も触ってるよね、もぐもぐ」
「……一部のみです」
「一部、ねぇ」
沈黙。
コピー機の音だけが、やけに大きく聞こえる。
ウィーン……ガシャン
「オクトくん」
「はい」
「バレたらどうする気?」
「バレません」
即答だった。
「言い切るねぇ」
「契約履行に必要な業務です」
「契約履行ねぇ……」
本部長は、小さく笑った。
「さっきの会議なんだけどね、部署内の資料は、裏紙を再利用することになっているよね」
「はい。何か……裏紙じゃない、新品の紙、使ってましたか?」
「いや、裏紙だったよ。でね、たまたま僕のとこに配布された資料なんだが、裏がこれだった」
何? 何? 気になる。
ああーー、映像で見られない。
見たい、見たい! 何なの?
「あ、申し訳ありません!」
オクト部長が謝った。
「いや、怒ることじゃないけどね。たまたま僕が見たのがこれだったというだけで」
「本当に、申し訳ありません! 裏紙が個人的な課題内容だったなんて」
「うん、ロジックツリー。これってチルさんだよね」
うっそぉーーーーーー!!
本部長に見られた。
「オクト君さ、あの子に甘いだろ」
「業務です」
「はいはい」
パンの袋がくしゃっと鳴った。
「まあいいけどね……。契約者の“友達になって”という願い、まだ叶えてないの?」
「まだです……」
「そうかなぁ。このロジックツリーを見る限り、願いは成就しているんじゃない?」
「いいえ、それは違います。そのロジックツリーは、わたしの隣にたつよう、一人前のビジネスマンになりたいという意味です」
少しだけ、声のトーンが落ちた。
「そうかな……わたしは違うような気がするけどね。
ま、慎重にやってよ。“選択肢を削る契約”は、後で揉めるからねー。
ほんと、“選択肢を削る契約”ってね、気づいたときには、もう選べないんだよ。ホント厄介」
「承知しています」
「してない顔に見えるよ」
「問題ありません」
また、それだ。
(選択権……削る……?)
さっきの言葉が、頭の中でぐるぐるする。
なんだろう。
すごく、大事なことを聞いた気がするのに……
意味が、わからない。
「ま、いいや」
本部長が立ち上がる気配。
「オクト君は責任を取る男だ。これ以上は、口出ししない」
「ありがとうございます」
「あとで報告書、上げといてね。コンプライアンス部がうるさいんだよ」
「了解しました」
ガチャ
まずい!
わたしは慌ててコピー機の前に戻った。
カタカタカタ……
意味もなくボタンを押す。
ウィーン……
会議室のドアが開いた。
「チル」
「は、はいっ!」
振り向くと、オクト部長と目が合った。
……逸らされた。
「何をしている」
「コピーです!」
「それは、見ればわかる」
「あ……そっか」
バレてる……?
いや、バレてない……?
心臓がうるさい。
「その資料は?」
「こ、こちらです!」
差し出す手が、少し震えた。
オクト部長は、それを受け取る。
一瞬だけ、目が合った。
……なんだろう。
いつもと同じなのに。
少しだけ、違う。
「……業務に戻れ」
「は、はいっ!」
部長は、そのまま自席に戻っていった。
本部長は、もういない。
あんパンの袋だけ、ゴミ箱に残っていた。
(選択権……)
さっきの言葉を思い出す。
削る、とか。
対価、とか。
記憶、とか。
……。
バサッ
わたしは、ファイルをデスクに置いた。
「むずかしい……わかんないや」
そうつぶやいて、パソコンに向き直った。
仕事しなきゃ。
うん。
それでいい。
……たぶん。
わたしは、メモ用紙に伝言を書いて、オクト部長に渡した。
“今夜は、肉野菜炒め? or カレー?”
「チル……」
「はい、何でしょう?」
「仕事しろ」
「すみません……」
カタカタカタカタ……
キーボードを叩く音。
すると、部長からメモ用紙が返された。
ふわぁ! カレーに〇をしているっ……!!
タルト先輩「ここで★入れると、部長の好感度上がるよー!」
オクト部長「上がらん」
チル「え、上がらないんですか!?」
オクト部長「面白いと俺の好感度は比例しない……」
タルト先輩「出た、ロジックお化け。でも★入ったら嬉しいよねー」




