第41話 課題提出
朝の出勤前は、慌ただしい。
「おはよう」
オクト部長は、毎朝5時に起きてシャワーを浴びる。
濡れた髪をタオルでわしゃわしゃしながら、コーヒーをセットしている。
わたしは毎朝、オクト部長のこの姿を見ることから一日が始まる。
「おはようございます」
突然始まった同居生活だが、最初は部長が怖くて緊張していた。
あれからもう数か月。
今は別の意味で意識している。
部長と目を合わすのが、恥ずかしい。
「おい、そこの皿、取ってくれ」
「はい」
皿を渡した手の指が、部長の指と触れた。
はっ………
思わず、手をひっこめる。
皿が落ちそうになる。
「おっと……。途中で手を離すな。皿を落とすところだったぞ」
「すみません……」
「これ、オムレツ、焼いておいた」
「あ、ありがとうございます」
「今日は、一緒に出勤するか」
「………?」
「何だ。嫌か?」
「いいえ、嬉しいです」
なんだろう。
今朝のオクト部長は、やけに優しい。
「悪いが、少しだけ急いでくれ」
「はい」
「さっさと食べて、支度しろ」
「ふぁい……」(もうすでに食べている)
食事の後、食器はオクト部長が洗った。
わたしは、身支度を整える。
「鍵は持ったか?」
「持ちました」
「携帯電話」
「持ちました」
「財布」
「オッケーです」
「じゃあ、行くぞ」
「はい!」
ふと、部長はチェストの上に置いてあった紙を手にした。
じっと見ている。
あ!
あれは、ロジックツリー!
「忘れものだな」
「あ、返してっ!」
「断る。これは俺が与えた課題だ。提出しろ」
「じゃ、会社で提出します! 返してください!」
「だめだ、都合悪い所を、横線で消す、いや、黒塗りするつもりだろ」
「もちろんです! 加筆修正させてください」
「修正不要だ。これで完成形だ」
「嫌だ、もう!」
わたしは、紙を取り返そうとして、手を伸ばした。
手が、メガネに当たった。
「あ」
部長のメガネは、ずれて床に落ちた。
コツン……
「すみません……、割れました?」
「……」
やってしまった。
部長はメガネを拾った。
「割れていない」
だけど、部長はメガネのレンズを光にかざして、ヒビが無いか確認していた。
「オクト部長……どうしよう……」
「問題ない」
「でも、傷が……付きましたよね」
「前から付いていた傷だ」
なーんだ。
もっと怒られるかと思った。
いつものオクト部長じゃん。
「構わない、気にするな」
「は、はい」
平気そうで安心した。
ホッとしたわたしに、オクト部長は紙を返してくれた。
「早くしろ、急ぐぞ」
「あ」
ロジックツリーのことを忘れていた。
「ああああ、あの、会社に着いたら提出しますね」
「問題ない」
そこから、通勤は無言の地獄だった。
「……」
「……」
見られた。
よりによって――アレを。
見られてしまったぁぁぁぁぁぁ!!
├ 嫌いじゃない→むしろ、大好き
├ だから、ずっとそばにいたい
仕事中の不安が、部長だとか。
部長のこと、むしろ好きとか、いっしょにいたいとか、
余計なお世話って、思ったよね、きっと。
ああーオワタ。
……もう、会社辞めようかな。
悪魔契約コーポレーション営業部のフロア。
オクト部長は、忙しく書類に目を通している。
わたしは、見られてしまったロジックツリーを訂正無しで、そのまま提出した。
「チル……」
「いいんです。部長のおっしゃる通り、完成形でした」
「ふむ、それならば……」
沈黙……
ちょっと、途中でやめないでください。
最後まで言ってくださいよ。
「それならば………、検証しなければ」
「え?」
「反省文に書いていただろ。『本業以外の案件が気になった』と」
「はい」
「挑戦してみろ。せっかく興味を持ったんだ。そのやる気の炎を消すな」
「あ、いえ、炎って……ほどじゃ」
本業以外の案件に興味を持ったのではなく、部長に会いに来た女の人が気になったのです。
でも、そんなこと言えない。
やる気の炎なんて、最初から灯っていません……。
「今、お前が好きなヨシフォーの案件が来ている。どうだ? やってみたいだろう」
(ん? ヨシフォー?)
「それって、先日いらしたマネージャーさんからの依頼ですか?」
「そうだ。商談相手は女性だし、話しやすいだろう」
無理です。
何が因果で、あの人と商談しなきゃいけないんですか。
「ああー、わたしなんて、まだまだ商談は無理です。ほら、契約に同行して、わたしは悪魔としての素質が無いと言われましたし……」
「今回は、魂を対価とする契約ではない。お前が適任だ」
「と、おっしゃいますと?」
「ファンクラブのグッズデザインとサービスだ。お前ならできる」
「へえ……ちょっと面白そう……じゃなくて、わたしには無理です」
「大丈夫。最初は俺が付いてやる」
「最初だけ?」
「わからないことは、アカネマネージャーと相談しながら進めればいい」
「地獄です」
「そうだ。物分かりが早いな。Yoshielを通して、物販で一人でも多く、地獄に堕とすのだ」
そこじゃなくて、
アカネマネージャーと、グッズ販売の商談することが地獄ですが。
オクト部長……やる気スイッチを入れる方向が違う。
「検証は、明日から開始だな」
マジか。




