第40話 バレてるのにバレてない夜(オクト)
俺が玄関ドアを開けると、チルがテーブにうつ伏せになっているのが見えた。
まさか、また体調不良か?
きょうは、ちっとばかり厳しいことを言ったかもしれない。
急いで靴を脱いで、リビングに向かった。
「大丈夫か、……ウッ! 違う、これは……」
チルは寝ていた。
俺が出した課題をやっている途中で寝落ちしたらしい。
なんて無防備な寝顔なんだ……。
チルがうつ伏せになっている紙。
見るつもりはないが、ちらっと見えてしまった。
不安
├ 仕事が難しい
├ 生活の変化
├ 疲れ
└ 部長?
├ 優しいときがある
├ 急に近い
├ でも怖い
├ 指導してくれる
├ 嫌いじゃない→むしろ、大好き
├ だから、ずっとそばにいたい
!!
起こせねぇ……。
(……今のは、どういう意味だ?)
俺はそっと椅子に座って、チルの寝顔をじっと見つめていた。
そんなに無防備な顔して寝るな。
俺の毎日のルーティンが狂うだろ。
……どういう顔をすればいい。
「かわいいやつ……」
つい、声に出してしまった。
「うーん……あれ? 部長だー。おかえりなさーい」
「なんだ、寝てたのか? 俺は今、たった今帰って来たところだ。さてと、シャワー浴びてくる」
「はーい」
目が覚めたチルは、目の前に課題を出しっぱなしなことに気づいた。
「いっけない! オフの時間なのに、課題やって、すみません!!」
「別に、いい」
「……読んでませんよね?」
「何がだ? 今、帰って来たばかりだが……」
「あ、何でもありませんっ」
チルは、慌てて紙とペンを隠した。
今頃隠しても、もう遅い。
俺は悪魔だからな。
嘘をつくのが商売だ。
実は、とっくに帰って来て、課題を見たなんて、正直に言うと思うか?
シャワーを浴びた後、キッチンに行くとサバの味噌煮が出来ていた。
「すごいな。これ、帰って来てすぐ作ったのか?」
「はい、気合入れて作ったら、疲れちゃって寝てました」
「そうだったのか……」
「味は保証できませんが……」
「問題ない。過度な期待はしていない」
「うん、それ、軽くショックです」
チルが笑った。
なんだ?
久々に見た笑顔。
「何か、あったのか?」
「うーーーん、さぁ、わかりません。てへへ」
誤魔化すのが下手すぎるぞ。
ありましたと顔に書いてある。
ロジックツリーが出来たということか。
わかりやすいやつだ。
その点、俺は自然に誤魔化せるぞ。
悪魔契約の営業部長たるもの、見たことがバレるようなミスは……
「部長、飲んできたんですか? 顔が真っ赤です」
「えっ?! 問題ない。通常どおりだ」
「本当ですか?」
「本当だ。なぜ疑う」
「疑ってませんよ。最近、部長はハードワークだから、熱でもあるのかと、心配になって……」
「ああ、そうか。ごめん、悪かった」
「……何故、あやまるんですか? 疑うとかごめんとか……。それ、普通、やましいことがあるときの言葉ですよ」
「そうか。ならば、正直に言おう」
「え?」
「お前、ヨダレ垂らして寝ていただろ。黙っていてやったのに、そんなに自分の恥を聞きたいのか?」
「キャー――」
チルは、あわてて洗面台に向かって走った。
ふぅ、新卒のチルを騙すのも、だんだん危うくなってきた。
意外と、勘がいい部下だからな。
つい最近まで、公園の滑り台で喜んでいた奴が、サバの味噌煮を作れるようになったのも驚き……。
ロジックツリーも……。
いや、待てよ。
あのロジックツリーは、どこか思考がねじれていないか?
本当にそうなのか?
……検証が必要だ。




