第34話 ガチは禁止
オクト部長のメガネを触ろうとして、わたしは手をひっこめた。
「部長、メイクするので、メガネ外してもらっていいですか?」
「了解」
「後で整えるんで、とりあえず、前髪をクリップで留めてますね」
「クリップ? チルが今しているような、タオルのヘアバンドがいい」
「だって、これ一つしかないので……」
「そうか、じゃ今度、買いに行こう」
「ですね。行きましょう。じゃ、日焼け止め塗って行きますね」
「待て、チル。今は夜だぞ。これから外出もしない。後は寝るだけ。日焼け止め要るか?」
「日焼け止めと言うよりも、ベースです。はっきり言って、色付きの日焼け止めクリームをしっかり塗れば、ファンデーション要らないです」
「そうなのか。昔は下地クリームを塗ってからファンデーションを塗ったものだ……」
「ステージ用のメイクはよくわかりません。でも、とりあえずナチュラルなメンズメイクなら、これで十分です」
「チルは、ファンデーションを塗っていないのか。手抜きだろ、お前、それ」
「フフフ……、何をおっしゃるオクト部長。目指すは、ナチュラルなのに綺麗にみえるメイク!」
わたしは、天井を指さしてポーズを決めた。
「おおおーーー! 仕事も同じように目標持ってくれるといいがな」
「はい、すみません……」
わたしのメイクと同時進行で、オクト部長のメイクをしていく。
厚塗りにならないけど、目鼻立ちは結構しっかりとメイクした。
「リップはこの色と、こっちの色、どっちがいいですか?」
「わからないな。チルのおすすめはどっちだ?」
「部長には、ブラウン・オレンジをおすすめ。これ、メンズのナチュラルメイクに使えますよ」
「だが、Yoshielみたいな赤味がないと、検証にならないのでは?」
そうだった。忘れていた。
Yoshiel様みたいにメイクして、兄弟どっちがかっこいいか検証するんだった。
メイクすることに、ワクワクしていた自分が恥ずかしい。
「そうですね。じゃ、わたしと同じ色にしますか。はい、こっち向いてください。塗りますよー」
うわっ、オクト部長の顔、近い……。
呼吸が聞こえてきそう……。
「色を唇にのせたら、口をんーって閉じて、色を馴染ませてください。そう……、そんな感じ。いいですねー、出来ましたよ」
「じゃ、今度は、俺がチルのリップを塗ってやろう。こっち向け」
「え、自分でできますよー」
「いいから、早く……」
オクト部長の唇を塗ったリップが、わたしの唇の上をなぞる。
これって、間接キスでは……?!
ドキドキ……
ドキドキしている場合ではない。
しっかりしろ、わたし。
最後、仕上げに髪型を整えなくては……。
わたしは、オクト部長の前髪を、真ん中分けにして髪の根元を少しだけ立ち上げた。
「できました。はい、鏡を見てください」
「おーーーー! すごいな。昔みたいな厚塗りじゃないのに、なんかかっこいい。やはり、元の素材がいいからだな」
「はい、オクト部長とYoshiel様は、似たような素材ですから……」
「チル、お前って、ヘアメイクの才能あるじゃないか」
「ふふん」
「あ、自慢したな? 俺だって……どうだ。今の俺なら、ホストにもなれるぞ」
「えー?」
オクト部長は、咳払いしてからわたしを真っすぐに見つめた。
「ゴホン……、君、かわいいね。どこ住み? あ、偶然。俺の家の近く。て・か……インスタやってる?」
いきなり、チャラいホストになった部長。
これ、絶対、ビール飲んで酔ってる状態だ。
「ハハハハハ、ウケちゃうー。やめてください。普段、こんなことしないのにー!」
「ハハハ……。メイクすると、なんだか自分の殻が弾けてしまうな……」
そして、オクト部長はわたしに接近して……、
「なぁ、俺と……、あの……アレだ。えーっと、アレ、なんかアレしようぜ」
「ブッ!! ガハハ……! 部長、女の子を口説く引き出しが……空っぽ!」
オクト部長も大笑いした。
「あー、それな。だはははは……」
ん?
ちょっと待って。
部長の顔が、いい……。
それは、わたし好みにメイクしたからだけど……
それにしたって!!
ドキッ、ドキッ、ドキッ、
落ち着け。
相手は、オクト部長……。
え、これ、本当にオクト部長?
ヤバい、ヨシフォーの古参ファンに殺される。
マジで、わたし、今、部長にドキドキしているんですけど?!
「ははは……この見た目だと、Yoshielより俺の方がイケメンだと、証明できたな」
何、笑っているんですか。
こんなのネタでしかないのに……。
わたしだって、部長に負けませんから。
「ねえ、いいかしら」
「ん?」
「わたしの寝室。……部長が、いつ入ってきてもいいように、鍵かけてないから……」
オクト部長の呼吸が止まった。
そして、鼻血がタラ―っと……
「キャー! 部長、鼻血! はい、ティッシュ!」
「違う、これは体液だ」
「よけいに怖いっ! やだ、冗談です。部長がホストするから、わたしも仕掛けたんです!」
「バカ、一瞬、社会的に俺は死んだぞ」
「また、意味わからないこと言ってー」
笑いが落ち着いたところで、気が付いた。
「部長の鼻のところ、メイク、落ちてます」
「マジか。じゃあ、もう検証は終了だな。全部落とすか」
「はい、クレンジングシート」
検証終了ということで、二人でメイクを落とした。
「なかなか楽しかった……。公園よりもこっちの方が良くないか?」
「そうですねー。なんだか、部長と大笑いすることなんてないから、ストレス発散的な?」
「ああ、日ごろの満たされない承認欲求が、満たされたような気がする」
「ふふ、そうですか?」
「ま、遊びだけどな……」
そう言って、オクト部長はメガネをかけた。
――一瞬、目が合った。
「……綺麗だな」
「はい? 何ですか……まだそのノリ続いてます?」
「はっ、いや、違っ……、さっきまで妙なノリだったから、まだ引きずってしまって……つい!!」
何を慌てているんだろう、部長ったら。
もう終わったのに……
「いや、メイクを落としたから、いつものチルなんだが……、なぜかいつもと違っていて……。すまない、今のは……」
一瞬、言葉を選ぶように黙ってから、
「……ガチだった」
ええええー!
そこは普通、『今のは、冗談だった』と言うところじゃないのー?
まずい、また動悸が始まった。
ドキドキ……。
「お、お風呂……入ってきます」
「おお」
「……一緒に……」
「バカ、お前やめろって、マジで!」
「今のは、冗談です」
冗談と言うのは、こんなふうに言うんですよ、部長。
ガチは禁止。
……今はまだ。




