第33話 問題ない、の距離
わたしが倒れて、出社できないことがあってから……
オクト部長は、一緒に出社するように配慮してくれる。
だが、あまり嬉しくない。
「おい、早く起きろ」
「飯を食うなら、早くしろ」
「化粧にいつまで時間かけている」
「おい、行くぞ。忘れ物はないか」
こんな調子だ。
以前は、一緒に通勤しているところを見られるのも避けていた。
なのに、この変わりよう……。
「オクト部長、わたしに構わず、先に行っててください」
「ダメだ。もしまた、お前が体調不良で倒れたら、俺の監督責任が問われる」
「そんなの、誰も気にしませんよ」
「俺が気にする」
「じゃあ、同居しているって、他の社員にバレてもいいんですか?」
「問題ない」
出た。
得意の「問題ない」
一緒に歩いていると、後ろから声をかけられた。
同じフロアで事務をしている魔女からだった。
「おはようございまーす。チルさん、もう、お体大丈夫?」
「はい、おはようございます」
ヤバい、オクト部長は……?
部長は風の如く、先の方へいってしまった。
速い。
……やっぱり、見られるのは嫌なんだ。
さっきまで「問題ない」って言ってたのに。
オフィスでは、みんなが心配してくれた。
「チルちゃん、大丈夫?
「無理しないでよ」
「チルちゃん、心配したんだよー」
チルちゃん、チルちゃん……。
タルト先輩が、オクト部長の横に立っている。
ひそひそとしゃべっているのが聞こえた。
「オクト部長、チルちゃん、大人気ですねー。妬いてません?」
「バカバカしい。俺が妬くわけがない。むしろ喜んでいる」
「え……」
「部下が、それだけ部署の皆に慕われている。信頼関係の構築に、成功したということだ」
「さっすがー。部長、余裕ですね」
オクト部長はドヤ顔で、わたしのほうを見た。
よかった、不機嫌にならなくて……。
終礼後、わたしはノー残で、退勤した。
帰り道、ゲームセンターの前を通ると、UFOキャッチャーが目に入った。
ぬいぐるみ……。
そういえば、コンプライアンス部が来たとき、お引き取りいただいた、あのぬいぐるみ……。
あれ、本当は可愛いと思っていたんだ。
盗聴器が入ってなかったら、あのまま家に置いておきたかった。
UFOキャッチャー……、やってみるか。
あの黒猫ちゃん、狙うか……
――5回くらい挑戦しても、取れない。
くっそぉー!
そのとき、後ろから声がした。
「こんなところで、何をしている」
オクト部長だった。
「ひぇっ! す、すみません……」
「体調が良くなったからって、さっそく寄り道か? しかもゲーセン」
「あの、ぬいぐるみが欲しかったんです。コンプライアンス部が持って帰った、あのぬいぐるみ……。実は、お気に入りだったんで……」
「……」
オクト部長は、それ以上追及してこなかった。
今朝はオフィスで、不機嫌じゃなかったのに……
「あのー、オクト部長? もうお帰りですか? 今日は早いですね」
「お前が、みんなにチヤホヤされている姿……、見るに堪えられん!」
「は?」
……なんで怒ってるの?
(もしかして……)
なんて考える間もなく、
「どれだ」
「え?」
「どのぬいぐるみを狙っている」
「あの、黒猫ちゃん……」
なんだ、もしかして、妬いていた?
オクト部長は、コインを入れてUFOキャッチャーを動かし始めた。
さすが、エリートサラリーマン。
こんなゲームでさえも、一発で成功させ……。
「ほら、取れたぞ」
オクト部長は、5000円くらい投資してゲットした。
わたしが投資した2500円と合わせると、7500円のぬいぐるみだ。
買った方が安かった。
「キャー―! 嬉しい。ありがとうございまーす」
わたしは、黒猫のぬいぐるみをギュッと抱きしめた。
それでも、嬉しいことに変わりはない。
「そんなに嬉しいか。ぬいぐるみが欲しいなんて、精神年齢が低いんだな」
「えへへ……」
でも、躍起になって、取ってくれた部長も同じだと思う。
「あしたは、定休日だ。ゆっくり休め」
「もう十分に休みました。どこか、行きたいなぁ」
「だめだ。人ごみの中は特に……」
「つまんないなー」
わたしは歩きながら、化粧品の広告ポスターを見つけた。
「あれ? これって、モデルはYoshiel様じゃない? 素敵~!」
「ああ、そのメーカーのCMに出るって、言ってたな」
「え? Yoshiel様と会ったんですか?」
「仕事でな」
「いいなぁー。わたしも同行したかった」
「商談だ。お前が同行するような案件では……」
「行きたかったです! Yoshiel様に会いたかったですっ!」
オクト部長は、ポスターを見ながら……、
「そうムキになるな。悪いが、俺だって化粧すれば、割と似ていると思うぞ。いや、Yoshielに負けない」
「まあ、兄弟ですからね……そりゃそうでしょうけど」
「検証するか? 帰ったら」
「いいですね。検証しましょう」
わたしとオクト部長は、家路を急いだ。
「晩酌してからだぞ」
「そっち、先?」
チル「……これ、いいところで終わってません?」
オクト部長「終わっているな」
チル「続き、気になりますよね!? ブクマですよね?」
オクト部長「そう願いたい」




