第31話 コンプライアンスの正義
■オフィスの朝
ノリマキのデスクは、キレに整理整頓されている。
使うものは決まった場所に配置され、どんな案件がきても、すぐに仕事に取り掛かれる状態。
基本的に天板の上に必要以上の物は、置かない。
ゼットセダイのデスクも綺麗だ。
だが、ノリマキとは理由が違う。
単に、片付け上手だけではない。
デジタルツールを使いこなし、快適さと生産性を両立させているのだ。
「あー、忙しい、忙しい……」
ゼットセダイは、音楽を聴きながらメールをして、電話をしながら調べものをする。
同時に、コーヒーを飲むことと、ショート動画を観ることも忘れない。
「……ゼットセダイ君、ちょっと」
「ええ? 今ですかぁ?」
「よくもまぁ、マルチタスクが得意ですという空気を出せるね」
「いや、それほどでもー」
「褒めてないよ」
「ゼットセダイ君は、せっかくマルチタスクをこなす能力があるのに、その半分は業務と関係ないことに……」
「休憩をとりながら、情報収集しているんですよ。タイパがいいんで」
「それは効率的とは、違うね」
「そう見えているだけで……」
すると、ゼットセダイのパソコン入力画面にエラーが出た。
「これ、効率的じゃないよね」
「あ、エラーです……。今の話、ナシで」
■屋上
「今日も疲れましたね……」
ゼットセダイは、フゥとため息をついた。
ノリマキは横目であきれ顔だ。
「まだ一時間もたってないじゃない」
ゼットセダイは、いかにサボるかに余念がない。
「ノリマキさん、務めサボって人間界行きません?」
「喫煙室に行く気軽さで誘わないでよ」
■ゼットセダイの願い
人間界。
高層ビルの屋上で、ノリマキとゼットセダイはタバコを吸っていた。
「ノリマキさん、人間は『労働』をすると『報酬』が得られるそうですよ」
「それは、俗世をうまく廻すための知恵だね。契約営業部は人間界にあるから、報酬があるよ」
「我々の務めには、何も与えられないのに……。あいつらには報酬があるんですか」
「我々のは、『使命』だもの。ゼットセダイ君は、どんな報酬が欲しいの?」
「休息……ですかね」
「この期に及んで……?」
■契約現場・ゼットセダイの場合
人間の願い。
「宝くじ当てたいんです」
「なるほど。それがお前の願いか。いいっすよー。代償ちょい重めですけど」
「重めって?」
「人生のピーク前倒しになりますんで……」
「え、ちょっと待って」
「おっと、今さら取り消せないぜ。働かないで大金を得ようなんて、悪魔にしか頼めないこと。魂は地獄行きで決定だな。せいぜい後悔するんだな、人間」
ノリマキが割り込んだ。
「契約者の不安を煽って楽しむの、やめなさい」
■契約現場・ノリマキの場合
人間の願い。
「彼女が欲しい」
「まず自己改善からですね」
「えっ」
「筋トレ、姿勢、会話術。三ヶ月後に再審査しましょう」
ゼットセダイが割り込む。
「それ、悪魔の契約すか?」
■ハラスメント疑惑
コンプライアンス部のフロアに、オクト部長の姿があった。
——空気が、一瞬で変わった。
「お前ら、うちの契約者が病気で休んでいるところにやってきて、監査したそうですね」
「オクト君、それは……」
「俺が会社に居るのだから、家に行く必要ないだろ」
「いや、契約履行場所は、自宅ですから……これは理にかなっています」
「しかも、盗聴器を仕掛けていた。……監査の範囲を越えているな?」
「監査の一環ですよ」
「いや、盗聴は業務を著しく逸脱している。こんなことをコンプライアンス部がしているとは……。これ以上、盗聴、パワハラを続けるのなら、俺にも考えがある」
ゼットセダイが粋がった。
「考えってなんすか?」
「ゼットセダイ君、煽らないで」
「いいだろう。魔界の労働基準監督署に話を聞いてもらう。揉めごとを、社外に相談するのは本意じゃないが……。法令を遵守すべき部署が、違反しているなら、仕方あるまい」
「オクト君、どうか、それだけは……」
オクト部長のメガネの奥が光った。
「どうだ……ノリマキ、取引しないか?」
「え、ちょっと待って。法を遵守と言ったその口で、取引とは……、オクト君は生粋のクラシックタイプの悪魔だね」
「ノリマキは、人間界に長く滞在している俺たち兄弟、本当はウザいんだろ?」
「そうですね、よくわかっているじゃないですか」
「シラス兄さんからの頼まれごとがある。ファンたちが多くなりすぎた。処理が追い付かないから、コンプライアンス部にデータ処理を……」
「それで、ファンは魔界に堕としていいんですね」
「んな、美味しい話、あるわけない」
「え?」
「ここに頼むのは、データ処理だけだ」
「それって、ただの下請け……」
「断るなら、俺の契約者に対するハラスメントを、魔界労基に……」
「わかりました! やります、やります」
ゼットセダイが、渋った。
「ノリマキさん、こいつの言うこと、聞くんですか?」
「こいつじゃない、オクト部長ね。ゼットセダイ君、大人の世界って、いろいろ取引でバランス取れているんだよ」
「チッ!」
オクト部長は、最後に釘を刺した。
「ゼットセダイ、お前の首を飛ばすなんて簡単だ。俺を甘く見ない方が身のためだぞ」
「……はい」
(チッ……完全にやられた)
オクト部長は、睨みながらコンプライアンス部を去って行った。
「ゼットセダイ君、塩を撒いて、塩!」
「ノリマキさん、俺たちも悪魔ですけど。塩、必要?」
「……そうだった。あれ? 君……」
ゼットセダイは、手に塩の壺を持っていた。
(撒く気、満々じゃないか)




