第3話 ミスって契約成立したっぽい
「……であるから、もっと気を引き締め、今期の目標に近づくよう頑張りましょう。はい、今日もよろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします!」」」
朝礼が終わった。
隣の席のタルト先輩は、書類をバックに入れている。
「先輩、今日も外回りですか?」
「チルちゃん、僕がいなくて寂しいのかな? ごめんねー。出来るだけ早く帰ってくるね」
「タルト、さっさと営業してこい。なる早で(なるべく早く)。それと、忘れるなよ……」
「ほう・れん・そう(報告・連絡・相談)ですね」
「わかっているなら……」
「はーい、行ってきまーす」
タルト先輩は、オクト部長の小言から逃げるように、外回りに出かけた。
わたしは、きょうは事務作業かな。
すると、オクト部長がわたしを呼んだ。
「チル。昨日の報告書だが……、お前、『タルト先輩はかっこよかったです』しか書いてない。夏休みの絵日記か。契約文に慣れた方がいいな」
「すみません」
「こなすだけの仕事はするな。今日は俺がワンツーマンで指導する」
「ひっ!」
「どうした」
「い、いいえ。なんでも……。よろしくお願いします!」
最悪。
このストイックな部長とワンツーマンで指導を受けるなんて。
地獄だ。
あー、オワタ。
「契約書の書き方の練習だ。研修でも習っただろうが、法的書面に慣れることだ。
練習だから、その辺のA4用紙に、このフォーマットを使って作ってみろ」
「はい」
すると、オクト部長のデスクで内線電話が鳴った。
部長は、電話を取って仕事の話をしながら、わたしに『契約書作れ、なる早で』と目で合図した。
わたしは、A4の紙から探さなければならない。
あとは、フォーマットに沿って文書を作成すればいい。
契約書はパソコンでちゃっちゃと作った。
「おい、チル。契約書はできたか? 小会議室で、契約の練習をする」
「はい、できました」
小会議室でオクト部長は、練習用契約書をサッと見た。
「契約の前に、重要事項説明書を読む。もちろん、用意してあるよな」
「はい、こちらです」
「ふむ……。では、これを読んだことにして、契約書の書き方だ。契約者甲。ここに悪魔側の住所と名前を書く。こんなふうに……」
「なるほど」
「名前の横に、尻尾で捺印。悪魔の尻尾の形状はそれぞれ異なる。これで自分ですという証明みたいなものだ」
オクト部長の尻尾の先は、スペードの形だ。
名前の横に、スペードマークが、ポンと付いた。
かっこいい。
「人間は、この契約者乙の欄に住所と名前、捺印だ。練習として、チルがここに書いて見ろ」
「はい」
住所か……魔界にそんなものはない。
よくわからないから、オクト部長の真似をして書こう。
名前、チル。
捺印、私の尻尾の先、ハートマークがポンと付いた。
できた。
本物みたいで、かっこいい。
「そして、契約が締結されると、俺のところでチェックを入れる。
そして、契約書は炎とともに燃え、社内データに転送される仕組みだ」
「ほおー、すごいですね」
感心していると、契約書はボッと炎とともに消えた。
「……」
「……」
「今、契約書が消えたよな」
「はい、消えました」
「チル、これは練習用のA4で作ったよな」
「んー。……だと思います」
「……だと思いますぅ? どこにあった紙を使った?」
「部長の横の引き出しに、ありました」
「ばっ……あれは、本物用だ」
オクト部長は頭を抱えた。
「すみませーん。間違えましたぁー! でも、部長のチェックが入ってから、データ転送ですよね」
「そうだ!」
オクト部長は、急いでノートパソコンを開いた。
「このファイルに届いていなければセーフだ。契約が俺のチェック無しで、通るはずがない……」
カチカチ、カチカチ、
急いでマウスでクリックする部長。
「……あった」
「え?」
「もう社内データに転送されている……」
「え? でも部長のチェックは……」
「俺の尻尾で捺印した。チェックとみなされ、契約は……」
「契約は?……」
「成立した!」
え、え、え、どゆこと?
理解が追い付かない。
だけど、なんか重大なチョンボをしてしまったことだけは確かだ。
「落ち着け。ミスがどうのこうという話ではない」
「すみません」
「新卒はミスしてなんぼ。本物の契約用紙とA4用紙の違いを教えなかった。わたしの責任だ」
庇ってくれているの?
「だが、わからないことは誰かに聞け。タルトがいなかったのも悪運だが……、
お前が分からないことを、自己判断で進めた結果でもある……」
延々と、くどくど……
オクト部長の説教が続く。
とにかく、オクト部長は頭が固い。
説教スイッチをオンにしてしまった。
「部長」
「何だ」
「取り消しましょう、契約。キャンセルって出来るんですよね。クーリングオフ制度」
「小賢しいことを言うな。だいたい……」
そこで、オクト部長の携帯電話が鳴った。
プルルルル、プルルルル、……
携帯電話を胸ポケットから出し、部長は画面をじっと見ている。
「あ、あの、出ないんですか? 電話は2コール以内に出ろと……」
「コンプランス部からだ。さっそく契約の確認が入ったぞ」
「え、そんな……。わたし、出ましょうか?」
「いい! 出るな。俺の電話だ」
「出ます。わたしが話して誤解を解きます!」
「いいって! 誤解も何も……もう、成ってしまったのだ」
部長は、電話に出た。
「はい、オクトです。……お疲れ様です。はい……はい……はい……」
オクト部長は、冷静に電話に出て話を聞いている。
わたしはもう帰りたい気持ちでいっぱいだ。
「おい、チル」
「はい?」
「お前、住所、なんて書いた?」
「あ、わからないから、部長の真似して書きました」
「バカ! あれは人間界で、俺が住んでいるマンションだ」
「はい? それで、何か問題でも……」
「大ありだ。つまり、俺とお前は同居していることになっている」
「イヤー! 嘘。ありえなーい!」
「おい、突然ギャルになるな」
わたしは泣いた。
「嫌なのはわかる。だが、そこまで嫌か?」
「ううううう……できれば、なかったことにぃ……」
「泣きたいのはこっちだよ」
チル「……これ、いいところで終わってません?」
オクト「終わっているな」
チル「続き、気になりますよね!? ブクマですよね?」
オクト「そう願いたい」




