第2話 初の同行営業
仕事を早く覚えるため、タルト先輩に同行することになった。
「チルちゃーん。君って小さくてかわいいから、一緒に歩いてると、僕、誘拐犯みたいだね」
「え、そうですか?」
それじゃまるで、わたしは子どもみたいじゃないか。
「目的地まで飛んで行こう、その方が早いし。行くよ」
タルト先輩の後に続いて、人間界の空を飛んだ。
下を見ると、車が走っている。
たくさんの人間がいる。
これが、噂に聞く人間界。
わたしは、言葉を失った。
「チルちゃん、どうした? ひょっとして怖くなった?」
「……うううん、楽しいー!」
「……変わった新入社員だねー」
ある公園のベンチに、若いサラリーマンが疲れた顔して座っていた。
「あそこ見て、彼ねー。スマホから、闇サイトの悪魔広告をタップして、悪魔を呼び出した人間なんだよー」
と、タルト先輩が教えてくれた。
さっそく、営業開始。
「闇サイトにアクセスしてくれて、ありがとう。どうした人間」
「あれ……、疲れたのかなぁ。悪魔が見える。しかも二体……」
タルト先輩は、サラリーマンの背後に回った。
「話してごらん。楽になるよ」
「実は……、仕事でミスをして……、僕なんかもう、生きていてもしょうがないかと……」
「はぁ、そんなことか。よくある話だよ。僕もよくミスる」
わたしは、そんなことを人間に言っちゃっていいのかと、驚いた。
「起きたことは、くよくよしてもしょうがない」
タルト先輩、人間を慰めるのか?
それって、天使の仕事では……
「もう次に、挽回するしかない。って、僕は上司によく言われます」
まさかの内輪の話だ。
「で? 人間、願いは何だい?」
「ミスをしないようになりたい……です」
タルト先輩は、ふっとため息をついた。
「それが出来るのなら、僕もなりたいよー」
わたしは、思わずツッコミを入れた。
「タルト先輩、そこ違うんじゃないですか? もっとミスの原因を探す方向で……」
「新人ちゃんは、黙ってて」
サラリーマンは、ハッとしてわたしを見た。
「君、今、ミスの原因って言った?」
「はい」
「そうだ。ちょっとしたエラーだったんだ。数値の読み間違い……。悪魔には分からないか、人間ってヒューマンエラーをするものなんだよ」
すると、タルト先輩は小声で言った。
「チルちゃん、方向性、間違っていないよ。その調子だ」
わたしは、先輩の言葉に勇気づけられた。
「ありがとうございます、先輩」
そして、優しくサラリーマンの手を取った。
「ヒューマンエラーを無くすには……、えっと……ヒューマンを消せばいいじゃないですか?」
「え?! 君って悪魔?」
「そうですが……」
「ヒューマンを消すって意味、わかってるの?」
「はい。きっと、あなたの周りにはいろんな雑音が多いんですよ」
わたしは、自分が配属された契約営業部のオフィスを思い浮かべた。
あんな、騒々しい環境でミスるなというのは、無理な話だ。
もっと集中できる環境にいれば、ミスは減るはずだ。
「チルちゃん……、ひょっとして、君はうちの部署に何年もいるベテラン?」
「やだー。昨日来たばかりの新人ですよ。からかわないでください、先輩」
サラリーマンも、自分のオフィス環境を思い浮かべていたようだ。
「そういえば、パソコンの周りがごちゃごちゃしているなぁ。整理整頓したほうがいいかもなぁ」
「でしょう?」
「そうかもしれない。物が散らかって……」
「そこは違うよ。人が多いの。デスク周りに人が散らかっている」
「待って、君。人?」
「うん、断捨離しよう。
人を断ち切って捨ててごらん、スッキリするよ」
「物騒!」
タクト先輩は、ここで詰めに入った。
「なるほどね、願いは決まった。ミスをしないようにすること。その願いの対価は……君が現世を断ち切って捨てること……だね?」
「あ、いや、待って……」
「おっと、今さら取り消せないぞ。契約書に君の対価はもう記入された。せいぜい後悔するんだな、人間」
研修で習ったことが目の前で行われた。
これが実践か……。
羽を広げて、空を飛ぶ。
オフィスに戻りながら、タルト先輩は気分上々だ。
「チルちゃん、凄いねー。君のおかげで、契約取れちゃったよ」
「いいえ、わたしなんか何のお役にも立てなくて……」
「本当にそう思ってるの?」
「はい、すみません」
「無自覚ってこわーい!」
タルト先輩は笑って、わたしから逃げながら飛んでいく。
わたしは、キャッキャッしながら、先輩を追いかけていく。
ふと、ビルの屋上からその様子を見ている影に気づいた。
オクト部長だ。
腕組みしながら、こちらをにらんでいた。
「やっべ。チルちゃん、オクト部長が見てる。大人しくオフィスに入ろう。人間みたいに、エントランスから歩くんだよ」
「はい」
ビクビクしながら、オフィスに戻った。
「「ただいま帰りましたー」」
「ずいぶんと楽しそうだったな、タルト」
「あれー? そうですかぁ?」
「チル、定時まであと40分だ。今日の活動報告書を書くこと。もちろん、新卒はノー残業だ。時間厳守で作成。いいな」
「はい、承知いたしました!」
「それから、タルト。お前は契約書を提出すること。あんなにはしゃいでいたんだ。当然、契約は取れたんだろうな?」
「はい、取れました」
「え、本当に? お前が? ただ遊んでいたんじゃないのか」
「部長、ちゃんと仕事していましたよ。契約書はここでーす」
「だったら、早く連絡入れろ!」
「すみませーん」
オクト部長は契約書を一瞬見た。
「……条項四」
「え?」
「タルト。ここを修正しておけ」
「うわ、バレた」
タルト先輩は、契約を取った時、かっこよかった。
それなのに、たとえ有能でもオクト部長は怖い。
できれば、
あまり近づきたくない上司だ。




