第1話 配属
「チルさん……」
「うげっ!」
「?」
しまった。
緊張のあまり、返事のつもりが正体不明の鳴き声に……。
一緒にエレベーターに乗っているOJT担当の魔女が、振り返った。
「緊張してる?」
「はい」
「するよねー。でも、あなたの配属先は、人間界ですよ。よかったですね」
「はい? よかったんですか?」
わたしは、悪魔大学を卒業したばかりの新入社員。
OJT研修の最終日に、配属先が決まった。
友だちは、コンプライアンス部、企画部、広報部など、魔界での仕事がほとんどだ。
わたしの配属先は、契約営業部で人間界フロア。
同じ新入社員たちからは、羨ましがられた。
地上に出られるなんて、いいわね、と。
「えへへ」
「チルさん? 今度は何を笑ってるの? 大丈夫? 人間界フロアに着きましたよ」
しまった。
思い出し笑いしていた。
「はい」
「ここは、人間との契約を取って来る営業の最前線です。言ってみれば、悪魔契約コーポレーションの花形、大変やりがいがある部署です」
すごい。
わたし、すごい所に配属されちゃった。
「まあ、それなりに、ピリピリしているかもしれないけど。ここに配属されれば鍛え上げられますよ」
OJT担当者は、白い顔でにまーっと笑った。
「失礼します。OJT部門でーす! お忙しい時にすみませ……」
契約営業部のあちこちの電話が鳴り響いていた。
プルルルル、プルルルル……
ザワザワ、ザワザワ……
「タルト! 企画部との調整出来ているか?」
「はい、今すぐ」
「今からだと? これから重要案件に出向く。連絡きたらすぐ教えろ!」
「はい」
「それとっ、昨日頼んでおいた重要事項説明書はできたか? チェックしたら上にあげるから早く……。ほら、そこ電話! コール2回以内に取れ!」
「はい、すみません!」
OJT担当者の後ろで、わたしはガチガチに緊張していた。
「かなりピリピリしているようね。新人をお連れしましたー!! チルさん、自己紹介」
「はい、おはようございます。
本日より契約営業部に配属となりました、チルと申します。
これから、ご指導のほどよろしくお願いします!」
「あなたの指導係は……」
少し間があった。
「オクト部長よ」
営業部の悪魔たちが 一斉にわたしに注目して……
いるかと思ったが、
皆、電話や書類作成に忙しいようだ。
後ろのデスクから、小声が聞こえた。
「新人さん、かわいそう」
(え……?)
窓側の大きなデスクに座っていたのは、紺色の髪の悪魔だった。
細身の体に、隙のないスーツ。
眼鏡の奥の目は鋭く、表情はほとんど動かない。
コウモリ型の羽が付いている。
(怖い……)
それが、わたしの最初の感想だった。
……でも、よく見ると、
(ちょっとかっこいい……かも?)
オクト部長は、チェックしていた書類からゆっくり顔を上げる。
「新人か?」
オクト部長の、いきなり無愛想な態度。
冷たい視線が刺さる。
「遅い」
「えっ」
「配属は三分前だ」
OJT担当者が謝った。
「申し訳ありません。エレベーターがなかなか来なくて、待っていたら遅くなりました」
そして、にこりと微笑む。
「エレベーターが来そうになければ、階段を使え。あるいは羽があるだろう。いかなる理由も認めない。時間厳守だ!」
魔界から階段を登れと?
羽で飛べと?
ストイックで冷酷な部長だ。
そんな人が……なんでわたしの上司に……?!
「じゃ、新入社員をお願いしますね。わたしはこれで失礼します」
置いて行かないでー、OJT。
この部長、絶対こわい悪魔だ。
「わたしは、契約営業部のオクトです。あ、席はそこ。営業のタルトの隣に座って。
君の指導は、基本わたしだが、細かいことはタルトに聞くように。あと電話、早く出られるようになること」
オクト部長とは対照的に明るい感じの悪魔、タルト先輩。
薄いピンク色の長い髪?
あれ、マニュキュアまでしてる。
マニュキュアは黒なんだ。
「タルトでーす。これから、わからないことがあったら僕に聞いてねー」
「はい」
「では、タルト、チル。よろしくお願いする」
「「よろしくお願いします」」
席に座ろうとしたが、ギャラリーは相変わらずだ。
何か、契約トラブルでもあったのだろうか。
それとも、これが日常?
ザワザワした中、他の社員の声が聞こえる。
「新たな生贄だ」
「何日持つかなぁ」
オクト部長が怒った。
「おい、お前ら、仕事しろ! 町に出て契約の一つでもとってこい!」
蜘蛛の子をちらすように、悪魔たちはさーっとオフィスを出て行った。
残った悪魔が電話対応している。
タルト先輩が、やさしく声をかけてくれた。
「新人ちゃん?」
「はい!」
「生きて帰れるかな」
「……え?」
「うちの部長ね……」
タルト先輩は小声で、そっと教えてくれた。
「新人を三人泣かせてる」
「え」
あー、本当だったんだ、あの噂。
(契約営業部のオクト部長って、しごきのオクトって呼ばれているらしいわよ)
わたしと同じ新卒が、そう言っていた。
「でも、大丈夫だよ~」
「ほんとですか?」
「四人目はまだいないからー」
「それ、大丈夫じゃないです!!」
オクト部長が、自分のパソコンのマウスを、激しくカチカチさせた。
「タルト」
「はい、部長」
「仕事しろ」
「してました」
「新人を脅すのが仕事か」
「営業部の伝統です」
「お前の重要事項説明書、ここおかしいぞ。評価を下げてもいいか」
「冗談でーす」
「さっさと、魂の一つでも持ってくるんだな」
悪魔たちは、本当に魂を取りに行くのか。
え?
どういう部署なの、ここ……。
タルト先輩は、一冊の資料を貸してくれた。
「これ読んでおくといいよー。人間界で契約を取る際、願いに応じて支払われる対価。だいたいこれを目安として……」
「タルト先輩」
「ん? なあに? 新人ちゃん」
「チルです」
「チルちゃん、どうしたの?」
「わたし、まだ角が生えてないんで、悪魔らしくないんです。こんなんで、大丈夫でしょうか」
「ああ、角ね。角、まだなのね」
「まだです!」
「仕事できるようになると生えるよ」
「本当ですか!」
部長席から、怒号が飛んだ。
「デタラメを教えるな」
「いや噂ですよ。噂ですけど、仕事に対するモチベーションが上がるでしょう?」
角、生えるのか……。
生えたら、かっこいいわ。
わたしの目標!
角が生えるように仕事をがんばる。
決まった。




