第29話 履行状況
インターホンが鳴った。
ピンポーン
「はーい」
玄関ドアをちょっとだけ開けると、タルト先輩が立っていた。
「チルちゃーん、お見舞いにきたよー」
「あれ? 先輩、仕事は? お休みですかー?」
「仕事してるよー。今日は外回りから直帰って、ホワイトボードに書いてきた」
「まだ、明るいですけど……。もう直帰なんですか?」
「難しいこと言わないで―。もう君をたぶらかしたりしないから、入れてよー」
「いいんですか? オクト部長にバレたら、先輩が怒られますよ」
「せっかくプリン買ってきたのに……。お見舞いだから、きょうは特別にゼリーもあるよ」
決して食べ物に釣られたわけではない。
タルト先輩の必死のお願いが、かわいいと思ってしまったから、部屋に入れた。
「体調はどう?」
「うん、だいぶ元気になりました。もう熱は下がったから、出社してもいいんですけど」
「ふうーん」
タルト先輩は、ソファーに腰を下ろして、足を組んだ。
「なるほどねー」
「なんですか? タルト先輩」
「オクト部長、チルちゃんが心配なんだね」
「ま、それは、上司として……?」
「チルちゃん、部長に看病してもらって、よかったねー」
「ええ、ま、それは嬉しいですけど?」
歯切れ、悪っ!
自分で、そう思った。
以前だったら、「うん、そうなの」と自慢していたのに、今はなんだか照れちゃう。
タルト先輩は、わたしの顔を覗き込んだ。
「ねえ、チルちゃん。もう『友達になって』は実現してるんじゃない?」
「え?」
「君のオクト部長に対する好きは、もうメモリーオーバーだよ。
だから、ほんのちょっと、こっちに回してくれたら、丁度いい感じになるのに……」
「だから?」
「……好き」
「了解、……部長に、連絡します」
「ああ! 冗談、冗談。やだなぁ、もう、ジョークだからね」
そのとき、
ピンポーン
誰?
タルト先輩は、怯えた。
「まさか、部長、もう帰って来たの?!」
「変でしょ! 帰宅するのに、普通、インターホン鳴らさないですよ」
「じゃ、誰だろ……」
「わかんない……」
「チ、チ、チルちゃん、……大丈夫だよ、僕がいる。オクト部長でなければ、押し売りかなんかだ。押し売りは、僕が魔界まで連れ去ってあげる」
「ほんとに?」
ピンポーン!
二度目だ。
玄関ドア向こうから声がした。
「チルさん? 居るんですよね。コンプライアンス部、監査チームのノリマキです」
「同じく、ゼットセダイです。二人合わせて……」
「だから、わたしたち、そういうコント名無いでしょ」
「そうでした」
コンプライアンス部だ。
監査に来たんだ。
「どうしよう、タルト先輩!」
チュー
振り向くと、タルト先輩はネズミに変身していた。
魔界に連れ去るんじゃなかったの? 先輩。
「……すみません、今開けまーす」
コンプライアンス部のノリマキさんと、ゼットセダイさんは、きっちりとしたスーツ姿で玄関に入った。
「あの、……靴は脱いでくださいね」
「ああ、失礼……。ゼットセダイ君、靴!」
「チッ! ……玄関ドア、直ったようですね」
「ええ、お陰さまで……」
お陰さま? 何を感謝しているんだ、わたしは。
そもそも、こいつが蹴って壊したのに……。
ノリマキさんが、テーブルの上のネズミに気づいた。
「おやおや、変身上手だねぇ、タルト君」
「うん、そうなの、……やばっ! また、こいつらか」
わたしは、自然とタルト先輩を守っていた。
「この、ネズミ、コロコロ、モフモフで可愛いでしょう?」
(絶対に、バレちゃだめ)
「この期に及んで、まだ演技するんですか? もうバレてますよ」
丁寧なノリマキさんに対して、態度が大きいゼットセダイ。
「はーん、庇うほど仲がいいんだな。君たち、それって友達か? いや、それ以上か?」
「何のことですか?」
「ノリマキさん、このチルっていう契約者、ちょっと揺すっていいっすか? たぶん、白状しますよ」
「やめなさい。ゼットセダイ君。君、刑事ドラマの見過ぎだよ」
「ああ、サブスクで、面白いドラマ、見放題プランなんで……」
何なんだろう。
急に押しかけてきて、コントしに来たわけじゃないだろう。
こいつら……、なんで今来たの?
タイミング、怪しくないか?
チル「……これ、いいところで終わってません?」
オクト部長「終わっているな」
チル「続き、気になりますよね!? ブクマですよね?」
オクト部長「そう願いたい」




