第27話 見てしまった夜
夜のオフィスにキーボードを叩く音
カタカタカタカタ……
わたしは一人だけ残って、残業していた。
「……よーし、これでいいかな……。エンター!」
タン!
「ふぅ、やっと終わった。オクト部長、終わりましたー」
シーン……
「あ、外回りで直帰だ。いないんだった」
いつもは、「早く帰れ」「仕事が遅い」「新卒はノー残業」と言われるのに、部長がいないと注意する人がいない。
気が付いたら、遅くなってしまった。
やばい、警備員さんが来ちゃう。
早く帰ろう。
帰り道、繁華街を通る。
ここで空を飛んで帰ったら、目立つ? それとも、誰も気が付かない?
んー、夜の繁華街を歩いたことがないから、歩こうかな?
うわぁ、みんな楽しそう。
酔っているのかな。
人間って、酔うとこんなに陽キャになるものなのか。
オクト部長は、毎晩ビール飲んでいても、何も変わらない。
あ、部長はもう帰宅したかな?
今日は外回りから直帰したはず。
遅く帰ったら、また説教されちゃう。
部長が家で、鬼のような顔をして待っているのを想像した。
ブルッ
早く帰ろう。
「ん?」
わたしは、繁華街の歩道で、部長らしき姿を見た。
髪の長い、大人の女性と何か話している。
周りの騒音に消されて、会話は聞き取れない。
優しく女性をエスコートして、タクシーに乗せている。
堅物上司の珍しい表情だ。
あんな顔するんだ。
わたしがボーっと突っ立って見ていたら、オクト部長と目が合った。
「あ、見つかった……、部長に殺される」
女性を乗せたタクシーは、走り去った。
そのあと、
オクト部長は、こっちに向かって近づいてきた。
見ていたのが、完全にバレた!
「一人か?」
「はい……」
「こんな時間まで、残業か?」
「はい」
「何をどうすれば、こんな時間まで残業になるんだ。しかも、こんな繁華街を一人で歩く? お前には、仕事の処理能力が無い。しかも、危機管理能力もない。あきれたやつだ!」
まさか、こんなところで延々と説教されようとは……お天道様もご存じないよー。
「タクシーで帰るぞ」
「え?」
目の前にタクシーを止めて、言われるままに、後部座席に座った。
部長が乗り込んで、ドアが閉まる。
バタン
同乗だ。
オクト部長は、窓に向かって頬杖をつき、小さく息を吐いた。
……聞けない。
タクシーのエンジン音
横目でチラッと、オクト部長を見た。
デート?
営業の延長?
それとも、直帰の途中たまたま一緒に?
そんなこと、聞けない。
また、横目でチラッとオクト部長を見る。
ハッ、部長と目が合った!
二度見したのも、バレたか。
逃げ出したい……。
すると、オクト部長はボソッと言った。
「さっきの女性……取引先の方だ」
「……!」
「枕営業はしてないぞ」
「まくr、まくら営業? って、何ですか?」
「枕営業とは……。いや、説明する事じゃないか。ってか、お前、そんなことも知らないのか」
「すみません。わかりません」
「わからないなら、それでいい。……酔って絡まれただけだ」
「部長は、酔ってないんですか?」
「酒に呑まれるなど、ありえん」
「あはは、さっすがー」
「お前、酔ってるのか?」
「まさか! 吞んでませんよ。……でも、綺麗な人でした。イイ感じなんですよね」
「いや全く」
「またまたぁー」
「……本気の相手なら、一人で帰したりしない」
「?」
「ん? ……違うぞ」
「……わかってます……」
タクシーの運転手が聞いた。
「お客さーん、次、左折ですか?」
「はい」
気まずい空気だ。
「こんな時間に一人歩きはよくない。上司として、放っておけないだろが!」
「ご迷惑かけて、申し訳ありません」
ああ、ここでも説教。
地獄だ。
やっと、帰宅した。
部長は速攻でシャワーを浴びに、風呂場に直行。
わたしは、とりあえずメイクを落とす。
クレンジングシートで拭き取ってから、もう一枚……
疲れて仰向けになって、シートを顔に乗せた。
あーー、もう、なんなんだろう。
モヤる。
……なんでだろう
別に、関係ないのに。
……
部長の声で、目が覚めた。
「おい、生きてんのか?」
はっ!
寝落ちしちゃったらしい。
「生きてます」
「よかった。死んだ人間みたいだったぞ。あまり驚かすな」
「すみません……」
「飯、まだだろ。野菜炒めでいいか?」
「あ、すみません。わたし、やります」
「いいから。横になってろ。飯食ったら、風呂入って、今日は早く休め」
「はい、ありがとうございます」
家に帰ってきても、命令形なんだ。
さっきの、女性をタクシーに乗せた、部長の優しい顔を思い出した。
あの人には、あんな顔をしていたのに……
あの人には、優しい言葉をかけるのかなぁ。
「ほら、出来たぞ。早く食え」
わたしには、こんな言い方なのに……
モヤる……




