第20話 部長のネイル
わたしの上司、オクト部長。
仕事中に眉間にしわが寄って怖い。
今日も、わたしが提出した書類をチェックしている。
やばい。
コピー機の陰に隠れていたのに、見つかった。
「チルぅ……」
怒るともっと怖い。
「ちょっと来い」
書類をバサっと音を立て、わたしを呼んだ。
「はい」
わたしは観念して、オクト部長の所へ行く。
部長は、書類を一枚づつ数える。
綺麗にマニキュアした指で……。
爪をアピールしている。
見て欲しいんだな……
知ってますよ。
他の部下に、見せびらかせばいいのに。
昨日は定休日だった。
「ねえねえ、今日ネイルサロンに行きたーい」
「チルちゃん、いいね。僕もメンズネイルに挑戦しようかなー」
「タルト先輩、行きましょう。先輩、どんな色にします?」
タルト先輩は、わたしに目で合図した。
(部長も、誘ってよー)
(いいけど、怖いから……、先輩が誘ってよ)
(僕、ダメ、怒られる。チルちゃんのいう事なら、聞くよ)
われ関せずで、本を読んでいるオクト部長。
「あ、あのぅ、オクト部長、ネイルサロンへ行きたいんですけど……」
「……何、それは命令か?」
「はい?」
「契約者からの命令ならば、仕方がない。従おう」
わたしは振り向いて、タルト先輩にグーサインを送った。
家の近くのネイルサロン。
「あの、予約ないんですけど、三人、いいですか?」
「いらっしゃいませー」
わたしはとタルト先輩が先に、案内された。
部長は付き添いですと言わんばかりに、雑誌を読み始めた。
「あの、後ろの背の高い男の人もお願いします。
たぶん、自分ではなかなかオーダー出来ないと思うので、
職場でもオッケーな主張しない色でお願いします」
「はい、わかりました」
わたしは、桜色のネイルに……。
タルト先輩は青いネイルを塗ってもらった。
「お待ちのお客様、どうぞー」
オクト部長は、過去の自分と戦いながら席に座った。
足が震えている。
――逃げるなら、今だぞ。
「お色は、グレー系がおすすめですよ。お仕事でも支障のないかんじで……」
後ろで見ているわたしまで緊張してきた。
がんばれ、オクト部長!
すると、自ら、
「ネイルパーツとかありますか? 薬指にドクロを入れたいんですが……」
え? リハビリじゃないの?
本気で攻める?
出来上がったネイルを見て、オクト部長は、嬉しそうに微笑んだ。
「堕天使の宝石……、奇跡の施術……!」
「仕上がりは、いかがでしょうか」
「美しい。まるで憂う灰色の魔界の空」
「え?」
戸惑うネイリストさんに、わたしは通訳した。
「気に入った、そう言ってます」
タルト先輩もオクト部長のネイルを褒めた。
「部長、色付けたんですねー。きれいー」
「ああ、最初はケアしてもらうだけで、いいと思ったけど……。
昔の自分を越えられたかな」
「よっしゃ! この調子でデパート行きましょう、部長」
「タルト、お前はすぐに調子に乗る! 帰るぞ」
「ええーー! せっかくネイルしたのに、もう帰るんですかー?
行きましょう、デパート。部長、お願いします!」
わたしの願いには、渋々と従うオクト部長だった。
デパートで洋服を選んでから……
化粧品売り場に来た。
ついに、プロにメイクしてもらうオクト部長。
わたしとタルト先輩は、売り場で化粧品を見ながら待っていた。
そして、
ナチュラルにメイクされたオクト部長が出来上がった。
「かっこいい……、Yoshiel様に似ている……」
(……いや、違う。もっと、優しい)
「チルちゃん、大丈夫? 目がハートになってなぁい?」
オクト部長は照れながら、鏡を見た。
「ビジュアル系メイクしか知らなかったけど、今はこういうナチュラルなメンズメイクもあるんだな」
「うん、うん、すごくかっこいいです」
「……昔は、化粧道具を見るのも嫌になっていた。
だが、今日はメイクされながら、自分がどう変わるのか期待すらしてしまった」
わたしとタルト先輩は、オクト部長の変化に気付いた。
「デパートでプロにメイクしてもらうの、楽しいな」
「部長……、次……」
「次はない。もうないぞ、帰るからな」
「はい、次は家で着替えて、撮影会です」
「何を考えているんだ、お前らは……」
「「何も考えてませーん」」
家で。
タルト先輩が、携帯を構えて、連写した。
「オクト部長―。カッコイイです!」
「部長、最高にメロいです! SNSにあげていいですか?」
「ちょっと、恥ずかしい……」
その後、タルト先輩があげた部長の画像はバズった。
「おい、食事中だ。スマホを見るんじゃない、タルト」
「部長の画像がバズちゃって……、あ、Yoshiel様がいいねを押してくれました!」
「……Yoshiel、DM来ても、返信はしないからな」
嬉しいくせに……
そして、現在……
社内は、オクト部長のネイルで話題が持ちきりだ。
「部長、会議の時間なんですが……」
「なんだね?」
オクト部長は、両手をひらひらさせ、爪を主張していた。




