第18話 追憶(オクト)
「どうして辞めたんですか?」
「……昔の話だ」
――忘れていたはずの
Yoshielは、俺たちだけで話がしたいからと、言った。
そして、メンバーとスタッフは席を外してくれた。
あれは……
俺がシラス兄さんを、まだ本名で呼んでいたころ。
シラス兄さんみたいになりたくて、ギターも習った。
ピアノも習った。
うまくなって、シラス兄さんの褒められるのが、とても嬉しかった。
ある日、シラス兄さんは言った。
「僕、人間たちとバンドやってるんだけど、オクト、お前も入らないか?」
嬉しかった。
ただ、どうして人間と組んでいるのかよくわからなかったが、参加した。
バンドに入ると、兄さんを本名で呼ぶことを禁じられた。
「いいか? オクト、僕はロックバンドのカリスマなんだ。Yoshielと呼ぶんだよ」
「カリスマ……?」
「ああ、僕たちの音楽に群がる人間どもを入信させて、ライブだ、グッズだと貢がせる。
推し活で人間はハッピー、こっちは利益も出るし、人間メンバーもハッピー」
「兄さ……Yoshielは?」
「信者を次々に地獄に堕として、ハッピー」
少し、違和感があったが、俺の腕をかってくれたことが嬉しかった。
兄さんは、バンド活動に真剣に取り組んでいたんだ。
ある日のこと。
Yoshiel & The Fallenは、ビジュアル系ロックバンドとして、業界に認められつつあった。
俺は兄さんにマニキュアを塗ってもらっていた。
「Yoshiel、悪いな。塗ってもらって」
「別にいいよ」
「マニキュアって、どうしても利き手が塗りにくくて……」
「わかるー。……今度のライブだけどさ、大手のレコード会社の人、見に来るらしい」
兄は、嬉しそうだった。
「この間のライブも、手ごたえあったし、この調子で信者が増えれば、悪魔としてもランクアップ。流れはこっちに来てるぞ」
「そうか……、じゃ、いい曲をたくさん作ろう」
「ああ、……そして、メイクも頑張らないとな」
「え……」
「これからは、目立つことだ。見た目の美しさが大事。今は曲よりもメイクに集中しよう。妖艶な堕天使のように、美しく……!」
俺は、また違和感を持った。
……音の話をしているのに
話が、音から離れていく
思わず、握りこぶし……。
「……」
「……オクト? どうした?」
「……いや、なんでもない。なんでもないよ……」
バンド活動は楽しかった。
だんだん、メイクや衣装が過激になっていったのは、戸惑った。
だが、ギターやピアノを奏でる喜び。
そっちのほうが、勝っていた。
俺は音楽と真摯に向き合いたかったから。
ある日、兄と衝突した。
「こんなメイクしなくたって、俺の音楽が届く世界にならないのかな」
「……それじゃ、届かないんだよ」
「届く」
「届かない」
――そこで、終わった。
そして、今。
楽屋にいるYoshielは、うつむき加減につぶやいた。
「方向性の違いってやつだね。……あの頃、本当は気づいていたんだ。オクトの内に秘めた本心を……だが、オクトのその音色を手放したくなかった。僕は目を背けて来た。謝るべきなのは、僕のほう」
「違う。何も言わずにドタキャンして、魔界に逃げ帰ったのは、理由がどうであれ、俺が悪い」
先日、チャット返信バトルでは、ムカついたけど、ここで会えたのも何かの縁かもしれない。
縁?
このライブチケットを購入したのは……
俺はチルを見た。
「えへへへへ、タルト先輩、なんか感動的な話ですよね」
「チルちゃん、感動して笑うの? 普通、泣くんだよー」
「ライブで泣きすぎて、もう涙、出ないんですぅ。えへへへへ」
嘘だ。
こいつが、縁をおびき寄せたぁ?
「……チル」
「はい?」
少しだけ、言葉を探した。
「……お前、マニキュア、どこのを使ってる?」
「興味あります? 塗ってみますか?」
「……聞いてみただけだ」
Yoshielが、照れながらも謝った。
「オクト、ちゃんと話さずに無理強いして、ごめんよ」
「俺こそ、昔、突然いなくなって 悪かった。
昔の自分を昇華してみるのもいいかもな」
「部長! マニキュアはグレーがいいですよ。今度一緒に、選びに行きましょう」
「あ、いいなー。チルちゃん、僕も連れてって~」
「この際、いっそのこと服も選んで、ヘアメイクしてみましょう!」
「いいねー、チルちゃん。部長ってモード系似合いそう」
部下たちが、俺をメイクアップする件で盛り上がっている。
……悪い予感しかしない。
「いい部下をもって、幸せだな。オクト」
「どこが……」




