第12話 合鍵
タルト先輩の契約者が善へ向かったのは、わたしが原因だそうだ。
そんなこと、あるはずがない。
朝の会社。
「チル」
「はい」
「今日は、俺の営業に同行しろ」
「え?」
タルト先輩が、書類の山から顔を上げた。
「検証ですね?」
「そうだ」
「へ? 何のですか?」
「お前の魔力だ」
やっぱり、検証するんだ。
緊張する……でも、やるっきゃない!
オクト部長と向かった先。
だいぶ疲れた顔の中年男が、部屋でうずくまっていた。
部屋は散らかっている。
ふーん、これが、汚部屋っていうものなんだ。
「典型的なケースだ」
「?」
「欲望、焦燥、自己否定……、契約が成立しやすい精神状態だ」
男はうつろな目でこっちを見た。
「悪魔みたいなものが見える……疲れてるんだな、俺」
オクト部長は、男に話しかけた。
「失礼、自覚がないようですね。お客様は悪魔を召喚しました」
「え、いつ?」
「闇サイトのゲームで、ガチャを連打したでしょう」
「ああ、しました」
「本来なら、クラシックタイプの悪魔は、儀式召喚が必要ですが、
……お客様、やりましたね。ラッキーですよ」
「はぁ……?」
「今ちょうど、新卒社員の研修キャンペーンなんです。
お客様の願いは、うちの新卒が務めさせていただきます」
「なんか……それ、嫌だな。ちゃんとした悪魔にしてよ」
「まぁ、研修なので、対価は割引サービスで……」
「対価……魂とか取るのか」
「そこは、お客様の願いのレベルにもよりますが……。
どうです? 一度悩みを解消してみませんか?」
男は、うつむき加減だ。
「学校だよ。憧れて学校の先生になったのに、……学校ってブラック企業だった……」
オクト部長は、わたしに目配せした。
あれは、(お前、行け)の合図。
男は、話を続けた。
「もう、俺はダメだ。残業ばかりで疲れた……」
わたしは、微笑んだ。
「疲れたなら、寝ればいいじゃないですか」
「ふっ、お嬢ちゃんには分かるまい。人間って疲れすぎると眠れなくなるんだよ」
「そうなんですかー。じゃ、眠れない時、何してんですか?」
「考えてる……。保護者会で説明しようと内容を考えているうち……、
失敗しないか不安になるんだよーー」
「なるほど、お気持ちはわかりますが……、
失敗、したらしたでいいんじゃない?」
「嫌だよ! いつもいつも何かやらかして、誰かの手を借りたり、段取り通りにいかなくてグダグダになったり、結局、終わらなくて残業になって」
「そうですかー」
「そうだよ! 罪悪感や自己嫌悪にさいなまれるのは、もううんざりだ!」
「じゃあ、自己嫌悪だけ消してみます?」
「そんなことしたって……どうせ、また失敗する」
「でも、なんとかなってますよね……。
そういう成功体験は得ているのにね」
「は? そう……かな」
「そうですよ」
そして、オクト部長が契約書を出した。
「では、ここにサインを……」
「はい」
「……はい……審査も通りましたし……対価も滞りなく支払われました。
では、……いや、若干……、この支払でこの要望は厳しいか……。まぁ、いいでしょう。初回ですので、おまけしておきます。また、どうぞ」
うわぁ、オクト部長、人間を目の前にすると完璧な営業マンだ。
クールでかっこいい!
人間に『悪魔なんて全然怖くないじゃん』と見せかけて、虜にさせるんだわ。
リピーター多そう……
そうやって人間を堕とすのか。
見習おう。
帰り道。
オクト部長と空を飛びながら。
「偶然ではないな」
「何の話ですか?」
「お前の魔力だ。人間の精神状態を整えている」
「ええ!?」
「悪魔としては欠陥だ」
「やっぱり!?」
「だが」
少し間。
「契約営業としては……、非常に面白い」
「面白いんですか? 全然嬉しくないです。
オクト部長みたいにかっこよく契約取りたかったです」
「は? 俺みたいに?……」
「かっこよかったです!」
「バ、バカ! 新卒が……10年早いわ」
オクト部長は、咳払いした。
「……俺を褒めるなら、契約を取ってからにしろ」
あれれ。
部長の顔が赤いんですけど。
「あ、そうだ、これ。会社で渡すと目立つから今のうちに……」
オクト部長は、事務用の茶封筒を差し出した。
受け取ると、書類ではない、何か固い物が入っている。
「新卒は、ノー残だ。俺は残業で遅くなる」
「……はい?」
「契約履行住所において、契約者が自由に出入りできないのは合理的ではない」
「えっと……」
「家の合鍵だ! いい加減、気が付け!」
「えええ!? でもでもでも!」
「それに……、」
部長はふっと目をそらした。
「俺は仕事で不在になることも多い。その都度、玄関前で待機されるのは非効率だ」
わたしは、部長の家の合鍵をもらった。
「あ、あ、ありがとうございます」
「礼は不要だ。業務上必要だから、渡しただけだ」
その後、会社で終礼。
わたしが帰ろうとすると、合鍵の話を聞いたタルト先輩が、部長をからかっている。
「部長、合鍵って恋愛イベントですよ」
「違う」
わたしは、聞こえないふりをしてオフィスを出た。
だけど、……気になったので立ち止まり、聞き耳を立てた。
「可愛いですよね。いじりたくなる天然系というか」
「お前、……手、出すなよ」
え?
どういう意味?
「お前は女にだらしない。部内を乱すな」
「え? 僕ってそんな風に見えます?」
「見える。あいつは火遊びに不向きだ。ああいうのは……真面目すぎる」
「はーい」
部長は、そんな目で先輩とわたしを見ていたんだ。
だから、睨んでたのか。




