第11話 PREP法で説明しろ
コンプライアンス部が居なくなってから、部長はマンションの管理会社に電話した。
管理会社の修理サービスが来たのは夜遅くなってから。
玄関ドアを新品に交換してくれた。
「どうすれば、玄関ドアが内側に倒れるんですか?」
「強風で……」
「あなたの部屋だけ?」
「……強風だ」
「わかりました。では、自然災害ということで処理しておきます。はい、これ請求書です」
修理サービスの人は帰った。
部長は請求書を受け取り、金額を見て頭を抱えている。
わたしは、部長の背中を見つめた。
そして、小さな声で謝った。
「部長、ごめんなさい。わたしが悪いんです」
「お前のせいではない。支払いはする。だが、一旦、立て替えだ。
コンプライアンス部に請求してやる。壊したのは、あいつだ」
タルト先輩は、大きく伸びをした。
「うぅーん、監査チームが来て息が詰まりそうだったよー。豚汁も美味しかったし。めでたしめでたしだねー」
オクト部長はメガネの縁をくいっと上げた。
「さて、タルト。そろそろ聞かせてもらおうか。お前の契約者が、何故、心入れ替えて、どんどん善の方向に向かっているのか……PREP法で説明しろ」
タルト先輩は、わたしの後ろに隠れた。
「チルを盾にしても駄目だ」
パッ、
今度は可愛いねずみに変身した。
「可愛くなっても駄目だ」
観念したのか、タルト先輩は軽く咳払いした。
「では、PREP法で説明します、部長」
わたしは質問した。
「プレップほう?」
「結論→理由→具体例→結論、の順で話すやつだよー」
「いいから始めろ」
P(Point:結論)
タルト
「結論から言うとですね……原因はチルちゃんです」
「え、わたし?」
オクト部長は眉をひそめた。
「後輩のせいにして、お前、恥ずかしくないのか!」
R(Reason:理由)
「理由はシンプルです。チルちゃんの魔力、なんか優しいんですよ」
「魔力に優しいも何もあるか」
「ありますよー。普通の悪魔の魔力って、人間の欲望を膨らませるじゃないですか」
「当然だ」
「でもチルちゃんのは、なんていうか……、整える感じ」
E(Example:具体例)
タルトは指を立てた。
「具体例です。この前の営業のサラリーマン。チルちゃん、言いましたよね」
「えっと……」
「『机の上を片付けたら、きっと気持ちが楽になりますよ』」
「あ……はい」
「普通の悪魔なら……、『上司を蹴落とせ』とか、『ライバルを潰せ』とか、そういう契約を結ばせるんですよ」
冷たい表情のオクト部長。
「……」
「でもチルちゃんは、断捨離させた」
「いいことだと思ったので……」
「結果。仕事のミスが減って、昇進したらしいですよ」
P(Point:結論)
タルト先輩は笑った。
「というわけで、結論です。チルちゃんの魔力は、人間を悪くするどころか良くしちゃうみたいです」
少し沈黙。
オクトはメガネをくいっと上げた。
「……悪魔としては、最悪の特性だな」
わたしは軽くショックだった。
「ええ!?」
タルト先輩はのんきなことを言う。
「でも面白いですよねー。こんな悪魔、初めて見ました」
部屋が少し静かになった。
わたしは、何をどうしたらいいのだろう。
「えっと……、それって、悪いことなんでしょうか?」
オクト部長は腕を組んだ。
そして低く言った。
「……悪い」
「えっ」
マジですかっ!
「悪魔の本来の業務は、人間の欲望を増幅させることだ。善行を促すなど、完全に業務外だ」
「す、すみません……」
わたしは、消えてしまいたいと思った。
タルト先輩は肩をすくめて……、
「でも部長。結果的に契約者が幸せになってるなら、いいんじゃないですか?」
オクト部長は、メガネを押し上げた。
少し考えている。
沈黙。
そして言った。
「……いや」
やっぱ、ダメなの?
「?」
部長は言い直した。
「待て」
タルト先輩は、部長の変化に気づいた。
「はい?」
「もし本当に、チルの魔力が人間の精神を安定させる性質を持つなら……、それは契約営業において……」
少し間。
「極めて高いポテンシャルだ」
「ぽてんしゃる?」
またわたしの知らない言葉を使う―。
タルト先輩には通じるらしい。
「出た、部長のビジネス脳」
オクト部長は真顔で続けた。
「人間は、不安定な時ほど契約に依存する。だが、精神が整えば……、
長期の契約を結ぶ可能性がある」
「なるほど」
「つまり、チルは……、契約者の質を上げる悪魔かもしれない」
オクト部長の言葉に、わたしは完全否定した。
「わたし、そんなすごいことしてないです」
「自覚が無いのが一番厄介だ」
オクト部長はため息をついた。
「……監査が来る理由も、少し理解できた」
タルト先輩は、わたしの魔力について説明したあと、あくびをした。
「あ~ぁ、説明が終わった。そりゃ、部長とチルちゃんみたいに、お友達になるやさしい願いなら、いいんですけど~。人間って微妙に難しいですよ」
オクト部長はムッとした。
「やさしいだと? こんなに手こずっているというのに」
「それは、部長が堅物で不器用なだけじゃないですか」
「……」
部長は、何も言い返さなかった。
「話したから、僕は寝まーす!」
タルト先輩は、クッションを重ねた寝床に。ボスッと横になった。
「おやすみ~」
「お前、帰らないのか……全く」
「タルト先輩、おやすみなさーい」
タルト先輩は目を閉じて、何かをつぶやいた。
わたしの耳にはこう聞こえた。
「……世の中、チルちゃんみたいに、能力高い悪魔ばかりじゃないんだよ」
聞かなかったことにした。
*数日後、魔界監査局。
「はぁ、来ましたよ、請求書。『オクト君の家の玄関ドア、修理代として』だそうです」
ノリマキは、ため息をついてゼットセダイに請求書を渡した。
「そんなの、悪魔の力で直せばいいじゃないですか」
「だったら、最初から、悪魔の力で開錠すればよかったのに」
「……あぁ、そういうことですか」
ゼットセダイは、スマホいじりはじめた。
「ゼットセダイ君、まさか務めをやめる気じゃないよね」
「SNSで愚痴ってもいけないんですか?」
「そんなこと……言ってないでしょ」
タルト先輩「ここで★入れると、部長の好感度上がるよー!」
オクト部長「上がらん」
チル「え、上がらないんですか!?」
オクト部長「面白いと俺の好感度は比例しない……」
タルト先輩「出た、ロジックお化け。でも★入ったら嬉しいよねー」




