3章27節
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夜明け前。
薄いカーテン越しに、街灯の光が滲んでいた。
男は、スマートフォンの画面を眺めたまま、しばらく動かなかった。
再生回数。
コメント。
高評価の数に共有数。
数字が、静かに増えていく。
「……悪くない」
口に出した声は、思ったよりも乾いていた。
もっと高揚していいはずなのに、胸の奥は妙に落ち着いている。
――まだ、足りない。
その感覚が、じわりと染み込んでくる。
動画のコメント欄を、ゆっくりとスクロールする。
『すげえな』
『あの剣、見たことない』
『自分も一緒に潜ってみたい』
『……なんか、鼻につく』
最後の一文に、指が止まった。
「鼻につく、か」
不快ではない。
むしろ、胸の奥がくすぐったい。
――見られている。
――評価されている。
――妬まれている。
それらが混ざり合い、熱に変わる。
「なら……もっと、ちゃんと見せるか」
男は立ち上がり、部屋の隅に立てかけた刺剣に視線を向けた。
鈍く光る刃。
派手さはない。
だが、持った者の存在感を際立たせる、不思議な重みがある。
手を伸ばすと、剣は自然と馴染んだ。
――お前なら、分かるだろ?
そんな声が、どこからか聞こえた気がした。
「……分かってる」
小さく呟く。
今の舞台は、安全すぎた。
勝てる相手。
計算できる状況。
それでは、“英雄”には足りない。
「次は……」
スマートフォンを操作し、地図アプリを開く。
ダンジョンの区画情報。
危険度。最近の攻略情報。
自然と、指が止まる場所があった。
「ここ、か」
沖縄ダンジョン中層。
最近、攻略が停滞しているエリア。
危険度が高い。
人も多い。
噂になりやすい。
――助ける相手が、いる。
――見ている人間も、増える。
条件が、揃っている。
「俺がやらなきゃ、ってやつだな」
自分に言い聞かせるように、そう言った。
決して、目立ちたいわけじゃない。
決して、称賛が欲しいわけじゃない。
――困っている人を、放っておけないだけだ。
そう思うことで、胸のざわめきが静まる。
刺剣を手に取る。
その瞬間、心臓が一度、大きく跳ねた。
――足りない。
――もっと。
――もっと、見せろ。
「……分かってるって」
男は、苦笑した。
「派手にやるよ。ちゃんと、“分かる形”でな」
翌朝。
彼は早々にダンジョンへ向かう準備を整えた。
自分で選んだ舞台。
自分で作る見せ場。
沖縄ダンジョン近郊、公安セーフハウス。
ヤヒロは、簡易端末に映し出された速報を黙って見つめていた。
画面には、カワセらギルド経由の速報情報が並んでいる。
「……中層、第三区画」
ユイが、小さく読み上げる。
「探索中のパーティが壊滅。
生存者一名、重傷で帰還……?」
「壊滅、って」
ヤチヨが眉をひそめる。
いつもの荒っぽさより、先に警戒が立つ声だった。
「中層で?この時間帯で、それは……」
ツダが、静かに口を開く。
「早すぎる。通常の事故じゃないな」
報告の詳細が展開される。
・敵は単体
・剣を使う人型
・救援を“装って”現れた
・援護の直後、主戦力が次々と倒された
「……人、か」
ヤヒロの喉が鳴る。
ユイは、画面から目を離さないまま、続けた。
「……生存者の証言」
「『あの人は、助けようとしていた』って……」
沈黙。
その言葉が、妙に重く残る。
「助けようとして、壊滅させた?」
ヤチヨが鼻で笑いかけて、途中で言葉を止めた。
「……いや」
ツダが、モノクルに指をかける。
「違う。助けているように見せたんだ」
彼の視線が鋭くなる。
「目立つ救援。状況をひっくり返す介入」
「それでいて、連携は一切しない」
「……独り舞台」
ヤヒロが、ぽつりと呟いた。
その瞬間、室内の端末が、もう一段階低い警告音を鳴らした。
【注意喚起】
【同区画にて、複数の探索者が自主的に集結】
【“英雄がいる”との噂を確認】
ユイが息を呑む。
「……人が、集まってる」
「妬みも、期待も、一緒にな」
ツダは、淡々と言った。
「そして――」
彼は、一拍置く。
「こういう異常な盛り上がりは、米軍も見逃さないぞ」
同時刻・米軍側
キャンプ内、臨時作戦室にて。
複数のモニターに、ダンジョン中層の熱量変化が表示されていた。
「反応、増大中」
オペレーターの声が乾く。
「戦闘回数が異常です。しかも、散発的じゃない」
「見せつけるような戦闘が続いています」
ジップ・ブリ―ジャーは、腕を組んだまま、画面を見ていた。
「……パフォーマンス型か」
低く、吐き捨てる。
「厄介だな。暴走する前に、壊した方が早い」
隣の将校が、慎重に言う。
「しかし、相手は単独です。交渉、あるいは確保も――」
「時間の無駄だ」
ジップは、即答した。
「英雄願望の奴は、止まらない。見られている限り、な」
彼の脳裏に、公安から届いた資料がよぎる。
日本側の非公式部隊。
盾を持つ男。
傲慢な剣士。
弓手と、情報分析役。
「……日本側も、動くだろう」
それでも、とジップは思う。
「間に合わなければ、俺たちが終わらせるだけだ」
画面の中で、ダンジョン中層の反応が、さらに跳ね上がった。
誰かが、戦場を“舞台”として選んだ。
それを――
誰が、どう終わらせるのか。
まだ、決まっていない。
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