3章28節
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最初に異変に気づいたのは、
ダンジョン中層の片隅で採取をしていた、名もない探索者だった。
――音が、違った。
金属音。
剣が何かを断ち切る音。
歓声に似た、しかしどこか空虚な叫び。
視線を向けた先で、仲間だったはずの男が、ゆっくりと崩れ落ちる。
「お、おい……?」
返事はない。
血は、ほとんど出ていなかった。
代わりに、装備が地面に散らばっている。
――剣だけが、やけに美しかった。
光を反射し、
持ち主の動きに合わせて、誇らしげに煌めく刺剣。
「すごいだろ?」
誰かが、そう言った気がした。
次の瞬間、視界が暗転した。
ヤヒロたちが、現場に到着したころには、あたりは惨状と化していた。
焼けたアスファルト。
倒れ伏す探索者たち。
散乱する装備。
ヤヒロは、盾を構えたまま、その光景を受け止めていた。
「……遅かった、か」
誰に向けた言葉でもない。
ユイは、倒れている人影の数を、無意識に数えていた。
矢をつがえる指が、わずかに震える。
「……まだ、息がある人もいる」
「救護は後だ」
ヤチヨが言い切る。
その視線の先。
瓦礫の向こうに、ひとり立つ影。
刺剣を手にした冒険者――
以前よりも、どこか浮ついた笑みを浮かべている。
「……来たか」
所有者は、誰にともなく呟いた。
視線が、ヤヒロたちをなぞる。
そして、特にヤチヨの剣に、一瞬だけ引っかかる。
胸の奥が、ざわつく。
――ああ、あれだ。
――あれほどの力を、みんな欲しがる。
時を同じくして、米軍の特別部隊も現着した。
重低音。
地面を震わせる足音。
規律の揃った複数の気配。
「……っ」
ヤヒロが、反射的に身構える。
瓦礫の向こうから、米軍の部隊が展開する。
先頭に立つのは、ジップ・ブリ―ジャー。
「……やはり、派手にやりすぎたな」
ジップは、刺剣の所有者を見据えた。
次に、ヤヒロたちへと視線を流す。
「日本側も、来たか」
ツダが一歩前に出る。
「……この場は、俺たちが」
「いや」
ジップが遮る。
「今回は、俺たちがやる」
その声音は、淡々としていた。
「お前たちの目的が“確保”なのは知っている。
だが――」
視線が、倒れた探索者たちへ戻る。
「もう、遅い」
「はは……」
所有者が、笑った。
「すごいな。次から次へと、観客が増える」
刺剣を、誇示するように掲げる。
「見てくれよ。俺は、ちゃんと戦ってる。勝ってる!」
ジップが、拳を握る。
風が、うねる。
暴風のセスタスが、低く唸った。
「……終わりだ」
次の瞬間、ジップが踏み込む。
爆発的な踏み込み。
拳が、空気を叩く。
衝撃波。
所有者は、辛うじて跳ね退くが、体勢が崩れる。
「っ……!」
しかし、笑みは消えない。
「いい……!これだ、これを待ってた!」
刺剣が、妖しく輝く。
その光が、周囲の冒険者たちの心をざわつかせる。
妬み。
羨望。
そして、衝動。
ヤヒロは、歯を食いしばった。
――まただ。
――また、“壊す戦い”が始まる。
しかも今回は、
自分たちの手の届かないところで。
戦場の主導権は、完全に米軍へ移った。
最初の一撃で、
この戦いの質が違うことは明白だった。
ジップが踏み込むたび、地面が沈む。
拳が振るわれるたび、空気が裂ける。
衝撃波が、真正面から所有者を叩き潰す。
「――っ!!」
吹き飛ばされた身体が、壁に叩きつけられ、
そのまま崩れ落ちる。
ヤヒロは、無意識に盾を構えた。
だが、守る対象が、いない。
この距離、この速度、この破壊力。
自分が間に割り込める余地は、最初から存在していなかった。
「……これが、米軍……」
ユイが、かすかに呟く。
ヤチヨは目を細めたまま、動かない。
「強い……けど」
その“けど”の続きを、口にしなかった。
所有者は、よろめきながらも立ち上がる。
「す、すげぇ……!」
顔は青ざめ、
腕は震えているのに、目だけが異様に輝いていた。
「最高だ……!こんな相手に、俺が……!」
刺剣が、応えるように震える。
その瞬間――
周囲にいた数名の冒険者が、はっと息を呑んだ。
「……なあ」
「今の、見たか?」
誰かが、そう言った。
羨望。
妬み。
そして、焦り。
「俺だって……」
「俺だって、ああなれるんじゃ……」
ジップは、その変化に気づいていた。
だが、止まらない。
止められない。
拳を振るうたび、戦況は一気に終わりへ近づいていく。
それと同時に、刺剣の輝きが、さらに強くなる。
「……っ」
ツダが、歯噛みする。
「まずい……」
ヤヒロは、動けなかった。
盾を構えたまま、一歩も踏み出せずにいた。
(違う……)
これまでの戦いなら、誰かが狙われた瞬間に、前に出られた。
攻撃を受け、
逸らし、
時間を稼ぎ、
仲間に繋ぐ。
それが、自分の役割だった。
だが――
(この戦場には……俺の“守り”が入る余地がない)
守る前に、壊れる。
守る前に、終わる。
しかも、壊されているのは“敵”だけじゃない。
所有者の心。
周囲の冒険者たちの心。
戦場そのもの。
すべてが、
圧倒的な力に巻き込まれて、歪んでいく。
「……ヤヒロ」
ユイの声が、遠く聞こえた。
ヤヒロは、拳を握りしめる。
(……俺は、ここで何をする?)
盾を持つ意味は、何だ。
守れない戦場で、
守ることを選んだ自分は、
ただの無力なのか。
ジップの拳が、再び振るわれる。
爆音。
所有者の身体が、宙を舞う。
その瞬間、
ヤヒロは、はっきりと理解してしまった。
――この戦いは、
――俺の手では、止められない。
そして同時に、
このまま終われば、
必ず、もっと酷い形で続いてしまうということも。
盾を構えたまま、
ヤヒロは、ただ立ち尽くしていた。
守れない戦場の中心で。
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