3章25節
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ダンジョン外縁、旧市街の仮設指揮所。
湿った夜風の中、簡易照明に照らされた地図を前に、数人の米軍将校が立っていた。
赤いマーカーが、複数、無秩序に打たれている。
「……結局、止められなかったか」
低く呟いたのは、ジップだった。
暴風のセスタスを腕から外し、机に置く。
その視線の先には、嫉妬の刺剣が消失したポイント。
「日本側は回収を選択したはずだ」
「だが、判断は割れ、現場で統制は取れていない」
情報士官が淡々と続ける。
「ギルド職員、公安、非公式協力者」
「それぞれの指示系統が、完全に一致していないようにみえます」
ジップは短く鼻で笑った。
「……だろうな」
視線を上げ、将校たちを見る。
「一枚岩じゃない。それどころか――」
言葉を切り、拳を軽く握る。
「内部で、レジェンダリーに飲まれかけてる」
沈黙。
やがて、上官が静かに口を開いた。
「破壊作戦の優先度を引き上げる」
「次は『奪取できれば理想』、だが――」
「――できなければ、壊す」
ジップが引き取った。
迷いはない。
「被害が広がる前に」
「日本側の事情に配慮して、手遅れになるよりはマシだ」
セスタスを装着する。
金属が噛み合う音が、夜に響いた。
「ツダがどう判断するかは分からない」
「だが――」
一瞬だけ、知己の顔を思い浮かべてから。
「次は、俺たちが踏み込む」
米軍は、静かに動き出していた。
破壊という選択肢を、現実的なものとして。
セーフハウスの扉が閉まった瞬間、
張りつめていた緊張が、重く沈殿した。
ツダは最後に入室し、背中で扉を閉める。
誰も言葉を発さない。
装備を外す音だけが、やけに大きく響いた。
ツダはモノクルを外し、机に置いた。
「……上に報告する」
その声で、全員が顔を上げる。
「嫉妬の刺剣。所有者死亡確認」
「ダンジョン内での死に戻り、確定」
ヤヒロの肩が、わずかに揺れた。
「刺剣は消失。所有者と同時に転移。ドロップなし」
ツダは、淡々と続ける。
「再出現まで、数分から数時間後だ」
「場所は、最後に三時間以上睡眠を取った地点」
「つまり、特定不能」
事実だけを積み重ねる口調。
だが、その裏に滲む疲労は隠せていなかった。
「……完全に、取り逃がした」
沈黙。
ヤヒロが、かすれた声で言う。
「俺が……守る判断をした。でも、間に合わなかった」
「判断自体は、正しい」
ユイが静かに言った。
弓を抱えたまま、視線を落とす。
「……殺させない、という選択は間違ってない」
「……結果が、最悪だっただけ」
視線が、ヤチヨに集まる。
ヤチヨは壁にもたれ、腕を組んだまま、しばらく黙っていた。
「あたしが、越えた」
低く、短い言葉。
「“強引に終わらせればいい”って」
「いつもの成功体験で、考えを止めた」
自嘲気味に笑う。
「結果、全部ぶち壊しね」
ツダは、その様子を黙って見てから口を開いた。
「今回で、はっきりしたことがある」
全員が、自然とツダを見る。
「正義も、優先順位も、現場判断も違う」
「レジェンダリーを前にすると、ズレは一気に拡大する」
拳を軽く握る。
「そしてその隙を、次は確実に突かれるぞ」
ユイが唇を噛む。
「……米軍は?」
「動く」
即答だった。
「破壊を現実的な選択肢として、もう見ているはずだ」
ヤヒロは、はっと顔を上げる。
「それじゃ――」
「次は、猶予がない」
ツダは、ゆっくりと言った。
「奪取できなければ、壊される。誰かの意思とは関係なく」
ヤヒロは拳を握りしめる。
「それでも、俺は守る。仲間も、敵も」
ヤチヨは、その背中を見つめ、目を伏せた。
「次は、あたしが止められる側になるかもね」
誰も否定しなかった。
失敗は確定した。
刺剣は消えた。
そして――
次は、もっと過酷な局面が来ると、全員が理解していた。
薄暗い天井が、滲んで見えた。
――呼吸が、できない。
胸が大きく上下して、肺に空気が流れ込む。
汗で濡れたシャツが肌に貼りつき、心臓だけが異様な速さで鼓動していた。
ここは……。
見覚えのある天井。
安宿の、安い蛍光灯。
ダンジョンに潜る前夜、三時間以上眠った部屋。
「……っ、は……」
声にならない声が漏れる。
死に戻り。
理解した瞬間、脳裏に“あの光景”が焼き付いた。
――圧倒的な力。
――迷いのない踏み込み。
――すべてを押し潰すような一撃。
ヤチヨ。
それ以外は知らない。
だが、あの女の姿だけは、はっきりと思い出せる。
「……なんだ、あれは……」
喉の奥が、ひりつく。
自分は、そこそこ強い。
羨望の欲も、抑えられていた。
だからこそ、ここまで来られた。
――なのに。
あの瞬間、自分は『見られる側』ですらなかった。
ただの背景。ただの処理対象。
「……ふざけるな」
ベッドの脇で、音もなく刺剣が実体化する。
嫉妬の刺剣。
黒光りする刃が、脈打つように震えた。
それを見た瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
――妬ましい。
力が。
存在感が。
注目を集める当然のような振る舞いが。
「……あんなふうに、見られるはずだったのは……」
自分だ。
違う。
違わないと、おかしい。
刺剣を握る手に、力が入る。
刃が、嬉しそうに鳴いた。
「足りなかっただけだ……」
声が、震え始める。
「ちょっと、足りなかっただけ……!」
心拍が跳ね上がる。
視界が、妙に鮮明になる。
あの女は、ただ強いだけだ。
自分は――見せ方を、まだやり切っていなかっただけ。
「もっと……」
口角が、歪に上がる。
「もっと、見せないと……」
ダンジョンで。
人前で。
噂になって、新聞に載るくらいまで。
妬まれるほど、称賛されなければならない。
それが、正しい。
それで、ようやく“釣り合う”。
刺剣が、熱を帯びる。
鼓動と同調するように。
「次は……」
ベッドから立ち上がり、鏡を見る。
そこに映る自分の目は、
もはや抑制の色を失っていた。
「次は、主役だ」
興奮が、全身を支配する。
嫉妬は、怒りではなく――高揚へと変質していた。
あの力に、追いつくために。
あの力を、超えたと示すために。
――もっと大きなことを、やらなければならない。
理性は、もう歯止めにならない。
刺剣は、それを待っていたかのように、
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