3章22節
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その間では、
刺剣の所有者と
妬みに染まった冒険者たちの感情が
膨れ上がっていた。
それは、ほんの一言だった。
「……やっぱり、あいつだけだ」
誰かが、呟いた。
大きな声ではない。
英雄を糾弾するような
正義の叫びでもない。
ただの、独り言。
けれど。
刺剣が、それを拾った。
ぴ、と。
耳鳴りのような微細な振動。
(来る――)
ツダの喉が、無意識に鳴った。
妬みを抱いた冒険者の一人が、
一歩、前へ出る。
「なあ……」
所有者に向かって、笑いながら。
「さっきから思ってたんだよ」
「お前さ、ちょっと出来すぎじゃねえか?」
空気が、軋む。
所有者は、首を傾げた。
「……そうかな」
「僕は、ちゃんと努力してるだけだよ」
それが、決定打だった。
「努力?」
別の男が、吐き捨てる。
「ふざけんなよ」
「俺たちだって、同じ時間、同じ階層で潜ってた」
「なのに――注目されるのは、いつもお前だ!」
剣が、抜かれる。
一本。
二本。
ただの、ありふれた武器。
その時、淡い光が、所有者の手元から溢れた。
「……あ」
所有者自身が、最初に異変に気づいた。
鼓動が、早い。
熱が、胸の奥に溜まっていく。
(違う)
(これは……僕のじゃない)
だが、剣が囁く。
――ほら。
――見られている。
――欲しがられている。
――羨ましがられている。
冒険者の一人が、叫んだ。
「そいつ、持ちすぎなんだよ!」
「英雄気取りで、全部持ってく!」
「だから――俺たちが奪って、当然だろ!」
踏み込み。
刃が、走る。
「やめろ!」
ヤヒロの声が、間に合わない。
所有者は、反射的に刺剣を振った。
その動作は身を守るためだった。
だが――
刺剣は、“魅せる”。
閃光。
一閃。
刃は、相手の武器を弾き、
同時に、観客の視線を攫った。
「……すげえ」
誰かが、呟いた。
その瞬間。
妬みが、爆発した。
「やっぱりだ!」
「ほら見ろ!」
「そんな剣――ずるいに決まってる!」
三人が、一斉に突っ込む。
もう、止まらない。
感情が、理屈を置き去りにしていた。
ツダが、歯を噛み締める。
(完全に、場が出来上がってしまった)
刺剣は、英雄を作り。
同時に、敵を量産する。
所有者は、笑っていた。
恐怖と、高揚と、
承認欲が混ざった、
歪な笑み。
「見てる……」
「みんな、僕を見てる……!」
その声を聞いた瞬間、
ヤチヨの背筋が、ぞくりと震えた。
(まずい……)
ヤヒロは盾を構え、仲間と敵の間に立つ。
守る対象が、増えすぎている。
――敵を。
――所有者を。
――そして、仲間を。
妬みは、もう個人の感情ではなかった。
感染し、増殖し、
暴力へと転化した現象。
それが、
このダンジョンで牙を剥いた瞬間だった。
「――どいて」
低く、けれど鋭い声だった。
ヤヒロの背後で、ヤチヨが剣を抜く。
「ヤチヨ……!」
振り返るより早く、熱が伝わった。
剣身が、僅かに唸っている。
(まずい)
ヤヒロは直感する。
この場は、制圧では終わらないだろうことを。
「あいつら、もう理性が飛んでる」
ヤチヨの視線は、所有者ではない。
その周囲――
妬みで膨れ上がった冒険者たち全体を
一瞥していた。
「放っておけば、さらに膨れ上がる。波及する」
「……だったら、ここで終わらせる」
その言葉に、ヤヒロが息を呑む。
「終わらせるって……先輩、それ……」
「わかってるわよ」
ヤチヨは、笑った。
乾いた、自嘲気味の笑み。
ユイが静止するように言う。
「……生け捕りが理想」
しかし、それを払いのけるような口調でヤチヨが答える。
「でも、理想論だけで済むなら――」
「こんな装備、とっくに押さえられてる」
一歩。
彼女が、前に出る。
ヤヒロの盾が、自然と動いた。
遮る。
「待ってください」
「……どいて」
「だめです!」
ヤヒロは、低く言った。
「『終わらせる』って言葉が出る時点で、それはもう――」
「捕獲じゃないですよ!」
一瞬。
ヤチヨの目が、細くなる。
(あ……)
ヤヒロは気づく。
これは、説得の間合いじゃない。
彼女の中で、
もう答えが出かけている。
――傲慢。
――自分なら、片付けられる。
――自分がやるべきだ。
剣が、持ち上がる。
狙いは――所有者。
だが、“刺剣そのもの”を断ち切る軌道だ。
(それ……当たったら……)
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