3章15節
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夜明け前の空気は、ひどく澄んでいた。
まだ人通りの少ない住宅街を、男は静かに歩いていた。
足取りは軽く、迷いはない。
(今日だ)
胸の奥で、確信めいたものが脈打っている。
自分は――
選ばれている。
それを、まだ誰も知らないだけだ。
「……ふ」
思わず、笑みが漏れた。
刺剣は、布に包んで背中に負っている。
直接触れなくても、その存在感は伝わってくる。
――お前なら、分かってくれるだろう?
そんな声が、
自分の内側から聞こえた気がした。
嫉妬。
羨望。
承認欲。
それらは、確かにある。
だが、制御できている。
(俺は違う)
衝動に飲まれ、
街中で刃を振るうような連中とは,
もう違う。
自分は、ちゃんと――
「正しい場所」で、
「正しい形」で、
力を示す。
そのために、準備は整えてきた。
前日の夜。
男は、机に向かい、
一通の投書を書き上げていた。
簡潔で、
感情を抑えた文章。
近頃、ダンジョンに関する報道は
危険性ばかりが強調されている。
しかし実際には、
市民を守るために戦っている者もいる。
無名の探索者が
日々どれほどの成果を上げているのか、
もっと正当に評価されるべきではないだろうか。
名前は書かない。
だが、載る。
確信があった。
(きっかけさえあればいい)
そうすれば、誰かが気づく。
ダンジョン内での活躍は、
ギルドの記録に残る。
噂になる。数字になる。比較される。
――そして、羨まれる。
それでいい。
それだけで、いい。
早朝のダンジョンゲート。
まだ人は少ない。
ギルド職員の視線を受けながら、
男は淡々と手続きを済ませる。
装備チェック。
問題なし。
「お気をつけて」
形式的な声に、軽く頷く。
(ああ)
(ちゃんと、見ていてくれ)
ゲートの向こうに、
濃密な気配が広がっている。
沖縄ダンジョン。
男は足早に中層へと向かう。
ソロでは危険だが、映える。
ここで結果を出せば、
自然と話題になる。
そういう場所だ。
刺剣を握る。
不思議と、
今日はうるさくない。
静かで、
よく馴染む。
(いい子だ)
(暴れる必要はない)
(見せればいいだけだ)
誰かを蹴落とす必要はない。
奪う必要もない。
ただ、
自分が優れていることを――
「魅せる」
その一歩を踏み出した瞬間、
ダンジョンの空気が、
わずかにざわめいた。
そして、男は気づいていた。
その背中を、
すでに複数の視線が捉え始めていることに。
羨望は、
見られることで、
初めて燃え上がる。
そしてそれは――
制御できなくなった瞬間から、嫉妬に変わる。
コンクリートの割れ目から、巨大なシダが這い出している。
かつての交差点は、今や湿った土と根に覆われ、建物の半分は緑に飲み込まれていた。
男は、その中心に立っていた。
「――来たか」
低く呟き、刺剣を構える。
反応したのは、
ビルの影から這い出してきた群体型の獣モンスターだった。
六体。
速度はあるが、装甲は薄い。
(問題ない)
一歩、踏み出す。
地面を蹴る動きは無駄がなく、
身体の軸がぶれない。
最初の一体が飛びかかった瞬間、
刺剣が、ほとんど音もなく閃いた。
――突く。
それだけ。
刃が触れた箇所から、
モンスターの動きが一瞬止まり、
次の瞬間、全身が硬直する。
「……っ」
続けて、二体目、三体目。
まるで舞うような連撃。
刺剣は深く刺し込まれない。
だが、当たった相手は例外なく、
内部から力を失って崩れ落ちていく。
(いい……)
(見せ場だ)
最後の一体が、距離を取ろうと後退した瞬間。
男は、わざと追わなかった。
代わりに、
刺剣を軽く振る。
空気を裂くような軌道。
すると、
モンスターの脚が絡め取られたように縺れ、
自ら転倒した。
そこへ――
一突き。
完全な勝利。
息は乱れていない。
装備にも損傷なし。
「……上出来だ」
自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
その場に残ったのは、
武器型ドロップが二つ。
周囲を確認し、回収する。
(これで、十分だろう)
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