3章14節
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数日後。
昼の沖縄は、拍子抜けするほど穏やかだった。
セーフハウスの窓から見える街並みは、
観光パンフレットに載っているものと何ひとつ変わらない。
車の音。
遠くの子どもの声。
コンビニの自動ドアが開く電子音。
「……平和だな」
ヤヒロが、ぽつりと言った。
装備の手入れを終えた盾を、壁に立てかけながらの一言だ。
昨日までのダンジョンの湿った空気や、
巨大ワームの体液の匂いが、嘘のように遠い。
「沖縄って、本来はこういうところだよ」
ヤチヨは缶コーヒーを片手に、ソファにもたれかかっている。
軽い口調だが、視線は窓の外を離れない。
「……事件、起きてない」
ユイがスマホを確認しながら言った。
ニュースも、ギルドの速報も、静かなままだ。
――空白。
それが、全員の頭をよぎっていた。
起きるはずのものが、起きていない。
「……逆に、怖い」
ユイの言葉に、誰も否定しなかった。
ヤヒロは、盾に手を置く。
使い捨てる盾は、沈黙している。
連日のダンジョン戦闘を経て、わずかに重みは増しているが、
新しい主張は何もしてこない。
(腹を空かせてる、って感じでもないな)
暴食の名を持つくせに、今は妙に大人しい。
「今日も、潜りますか?」
ヤヒロの問いに、
ヤチヨは首を横に振った。
「いや。今日は様子見しましょ」
理由は、はっきりしている。
敵が、見えない。
ダンジョン内なら、殴ればいい。
モンスターなら、盾で受け止められる。
だが――
「外で何かが動いてる気がするわ」
その言葉に、
ユイは少しだけ背筋を伸ばした。
「……ツダが言ってた『空白』?」
「たぶん」
あの男は、
何かを隠す時ほど、淡々としている。
それを、ヤヒロは知っている。
午後。
ツダは、外出していた。
名目は「追加の聞き込み」。
だが実際には、彼自身の確認作業だった。
街を歩き、人を見て、『違和感』を探す。
――いない。
刺剣の気配は、
今はどこにもない。
(隠れている? それとも……)
思考が、自然と加速する。
可能性。確率。
次に起こりうる絵図。
「……」
ふと、足を止めた。
ショーウィンドウに映る自分の顔。
疲れているはずなのに、
目だけが、妙に冴えている。
(休め、って言われるわけだ)
自嘲気味に息を吐く。
だが同時に、こうも思っていた。
(今、何も起きていない)
(だからこそ、全部想像できる)
最悪の展開も。
取り返しのつかない判断も。
それを、頭の中で何度も反芻する自分がいる。
――止まらない。
ツダは、静かにモノクルを外した。
今日は、もう使わない。
そう決めないと、見えすぎる。
夕方。
セーフハウスに戻ると、
四人揃っての食事になった。
他愛のない会話。
ダンジョン飯の味の話。
明日はどうするか、という軽い相談。
どれも、普通だ。
「……ほんとに、何も起きないですね」
ユイが、少し不安そうに言う。
「嵐の前の静けさってやつだろ」
ヤチヨは笑ってみせるが、
その笑顔は、どこか硬い。
ヤヒロは、盾を見た。
静かだ。
だが、確実に――
溜めている。
経験的に、そう分かる。
ツダは、その視線に気づいて、何も言わずに頷いた。
言葉は、いらない。
この静けさは、猶予であり、警告だ。
食後、久しぶりに呼び出されたツダは事件現場に立っていた。
現場はすでに道路脇に停められた車両の間を縫うように、規制線が張られている。
「……ここか」
ツダは、
薄く息を吐きながら立ち止まる。
強盗未遂――
正確には、未遂で終わったからこそ報告が上がってきた現場。
血痕はある。
だが、死者はいない。
「珍しいな……」
独り言のように呟き、
モノクルを指で押し上げる。
――貪識の単眼鏡。
表向きは、
“高性能鑑定補助具”。
だが、ツダにとっては違う。
(痕跡を、読め)
視界が、
わずかに歪む。
床に残った足跡。
破壊された家具。
壁に残る、細い裂痕。
「……刺突系」
しかも――
刃が細い。
「速くて、軽い」
床の血痕を見下ろし、
ツダはしゃがみ込む。
(致命傷を避けている)
偶然ではない。
「……ふふ」
思わず、笑みがこぼれた。
(殺す気がない強盗? いや……違うな)
モノクル越しに、周囲を見回す。
「“見せつけるための事件”か」
わざと派手に荒らし、だが一線は越えない。
(……制御できてる)
その事実が、ツダの中の何かを刺激した。
「なるほど……」
胸の奥が、じんわりと熱を帯びる。
(この武器、もう持ち主を選んでるわけじゃない)
(今は、選ばれた人間が、どこまで耐えられるかを試してるな)
その考えに、ツダは軽く喉を鳴らす。
「……実に、興味深い」
場違いだと分かっている。
だが、抑えきれない。
(この現象、データにできる)
(時間経過、事件の間隔、精神状態の推移……)
「……いけないな」
自分に言い聞かせるように、
ツダは立ち上がる。
(楽しみ始めてる)
それを、はっきり自覚してしまった。
少し離れた路地でツダは立ち止まり、通信を入れる。
「……ギルド本部、こちらツダ。未遂事件の現場を確認した」
短く、要点だけ。
「刺剣系の武器による犯行。致命傷を避けている。計画性あり」
一拍。
「……今の犯人は、まだ“抑えが効いている”」
言葉を選びながら、続ける。
「だが、このまま放置すれば――」
「次は未遂で済まない可能性が高い」
通信を切る。
深く、息を吸った。
(ヤヒロたちには……)
すぐには、知らせない。
(まだ、観測できる)
そう判断してしまう自分に、ツダは薄く苦笑した。
「……強欲、か」
自嘲するように、呟く。
(知りたい。どこまで、壊れずにいられるのか)
――その思考が、すでに一線に近いことを。
ツダ自身が、一番よく分かっていた。
深夜。
誰もが眠りについたあと、
沖縄のどこかで、ひとりの人間が目を覚ます。
汗だくで、
呼吸は荒い。
「……夢?」
いや、違う。
手を伸ばすと、そこにある。
細身で、美しい刺剣。
握った瞬間、
胸の奥から、声にならない衝動が湧き上がった。
――今度こそ。
――次は、もっと。
静かな夜に、嵐の種が、確かに根を下ろしていた。
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