3章13節
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十分な休息をとった日の夜。
浦添には、湿った風が吹いていた。
街灯の光が、アスファルトに滲む。
事件現場はすでに封鎖され、ギルド職員と警察が最低限の動線だけを確保している。
ツダはその中を、ひとりで歩いていた。
公安の腕章。
ギルド職員の身分証。
どちらも、今は都合よく使える。
「……さて」
小さく、独り言が漏れた。
声色は、どこか軽い。
死体はなかった。
正確には、死体があった痕跡だけが残っている。
すでに警察の手によって移動された後だ。
血痕。
引きずられた跡。
そして――装備が抜き取られた空白。
「時間は……」
ツダは、モノクルを目に当てる。
世界が、わずかに歪んだ。
鑑定結果は出ない。
だが、情報の輪郭だけが浮かび上がる。
「ここで戦闘。
殺し……いや、殺した“つもり”はないのか?」
喉が鳴った。
――違う。
殺したかどうかは、問題じゃない。
「……死に戻り、だな」
死に戻り。ダンジョン内で死亡した場合に発生する不思議な現象。
数分から数時間でランダムなラグが、確実にダンジョン外で生き返ることができる事象。
しかし、ここはダンジョンの中ではない。
考えれば考えるほど、
パズルのピースが噛み合っていく。
そして――
「……楽しいな」
ぽつりと、口をついて出た。
ツダは、その言葉に一瞬だけ固まった。
「…………」
何が、だ。
現場は凄惨だ。
被害者は、確実に人生を奪われている。
それなのに。
「知りたい」
胸の奥が、じわりと熱を持つ。
誰が、どんな判断で、
どこで失敗したのか。
どの瞬間に、取り逃がしたのか。
「……全部、見える気がする」
モノクル越しの世界は、静かだった。
音が消え、
感情が整理され、
事象だけが並ぶ。
(これが、俺の役目だ)
自然に、そう思っている自分がいた。
――違う。
ツダは、そこで初めて気づく。
(いや……“役目”じゃない)
これは、
欲だ。
「…………」
胸元を押さえる。
心拍は、安定している。
動揺はない。
それが、何より異常だった。
「知りたい。壊れる瞬間を」
そう思った瞬間、
モノクルの奥で、
何かが“噛み合った”感覚があった。
ほんの一瞬。
だが、確かに。
(……ああ)
ツダは、乾いた笑みを浮かべた。
(俺も、もう始まってるな)
嫉妬の刺剣ではない。
だが、確実に同じ方向を向いている。
――強欲。
知識を得るためなら、
何を差し出すか。
その答えを、
もう考え始めている自分がいる。
翌朝。
セーフハウスに戻ったツダは、
何事もなかったかのように報告をまとめた。
被害状況。
推定時刻。
移動経路の可能性。
完璧だ。
だが最後の一行だけ、
意図的に書かなかった。
※現場において、観測不能あり
書けば、共有される。
共有されれば、勝手に解釈される。
(……まだ、俺のものだ)
その判断に、
一切の迷いがないことが、
ツダ自身を、
一番ぞっとさせていた。
その頃。
同じ街のどこかで、
新しい所有者が鏡を見ていた。
手には、
細身で、美しい刺剣。
「……すげえ」
誰に見せるでもなく、
そう呟く。
もっと。
もっと、評価されたい。
それが自分の考えなのか、
武器の声なのか、もう分からない。
沖縄の朝は、
何事もなかったかのように明るい。
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